ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

映画「ハッピーアワー」体験記

濱口竜介監督「ハッピーアワー」を名古屋シネマスコーレで観た。観たというよりは体験したという方がいいだろう。映画ではなく、どこかにある現実を。


上映時間は5時間17分。休憩を入れると約6時間。もちろん自分史上最長の映画。堪え性のない私が果たしてこんな長い時間じっとしていることができるだろうか。そんな不安は序盤からいきなりその大きさを増す。画面の中の四人の俳優の動きはぎこちなく不自然で、とても長い時間の鑑賞に耐えられるようには思えない。そして会話から予想される30代後半の四人の女性(全員既婚歴あり)の人間関係というストーリーもいかにもドラマ的な既視感があるように感じてしまう。本当に5時間も身を任せて大丈夫なんですか濱口監督…と彼女たちが訪れた山頂の景色のように心の中を濃い雲が覆う。そしてその不安は楽しいのか楽しくないのかよく分からないワークショップと明らかに楽しくないその打ち上げのシーンにおいて、ずっしりとした質量をもったいたたまれなさへと変容する。その胡散臭いワークショップはなに?なぜそんなつまらなさそうな打ち上げに行くの?と言いたくなる気持ちに駆られるのだ。

今思えば、こうしたある種の当事者意識を持ってしまったこの時点で完全に濱口竜介の術中にはまっていたということなのだろう。芝居のぎこちなさを不器用な人間性あふれる台詞や定石から外れた生々しいカメラワークを重ね合わせることで映画と現実の境目がぼやけさせる。その結果、私もこの世界の一員として巻き込まれ、彼女たちと同じように現実の中で迷子になっていくのである。

そうなるともはやスリル、ロマンス、アドベンチャーといった、映画としてのアトラクティブな要素はもうどうでも良くなってしまう。面白いか面白くないか、見たいか見たくないかではない。ただ見届けなければならないのである、この人間関係の成り行きを。それがどんなにいたたまれなくて、どんなに凡庸で、どんなに残酷なものだったとしても。

 

観客をスクリーンの向こう側に深く誘い、没入させてしまう手法は「ドライブ・マイ・カー」と同様だが、あの作品においては演出家とその妻、俳優や運転手など、登場人物のキャラクターが明確かつ固定されていた。一方、誰でもない誰かを描いた「ハッピーアワー」では、それぞれのパーソナリティーを根本の部分から観客と共有するために、何気ない日常生活のシーンや、人間の素が出るワークショップを経ていく必要があったのだろう。2時間という上映時間の差には、この没入までのプロセスにどれだけ手間をかけたか、という違いがあるように思う。

 

そして映画を見終えて印象に残っているのは、冒頭に大いなる違和感と不安を覚えた演技経験がない四人の主人公をはじめとする俳優たちの演技が、映画の進行と共にどんどん輝きを増していったことである。もはや演技という言葉を使うことためらうほどに、演者本人とそれぞれに割り当てられた役の人格がピタッと重なっていき、当初の違和感は完全に消え去っていた。映画の撮影がどのような順序で行われたのかは分からないが、もしシーンの順番通りの撮影だったとしたら、この作品は役柄が俳優に乗り移っていく過程を記録したドキュメンタリー、あるいは彼女/彼らの成長譚でもあったのかもしれない。またもし、これらが進行とは関係なく、ランダムに撮られたとしたならば、時間の経過に合わせて焦点を徐々に合わせていく演出と編集がなされてるということであり、それはそれで驚嘆するしかない。

ちなみに私が好きなシーンは、有馬温泉から帰るバスの中で、潤が見知らぬ若い女性の身の上話を聞くシーン。心の奥底に不安を抱えながらも、何気ない会話によってもたらされる不意の心地よさがなんとも愛しく、いつまでも観ていたいと思わせるものだった。そして演技と現実の狭間を絶えず行き来するこの映画の特徴が最も穏やかな形で現れていたシーンだと感じた。

 

冒頭にも書いた通り、この映画は四人の婚姻歴のある女性の物語である。ということは必然的に、男たちの物語でもあるということだ。しかし年齢や役回りを問わず、今作に登場するすべての男は最低なものとして描かれている、ということもこの作品の特徴だろう。アーティストの鵜飼はサイコパス、潤の夫はストーカー、桜子の夫も息子も無責任に現実から逃避し、フミの夫は救いがたく愚鈍。主要な人物はもちろんのこと、数回しか画面に現れない登場人物の中にも「いい人」は存在しない、と言っていいだろう。同じ男性としてはいやちょっと待ってと言いたくもなるが、それぞれの愚かさの描写があまりにも正確で、しかも私の中にも確実に存在する・した・いずれするかもしれないものばかりなので、この苦しさはぐっと噛み締めるほかない。そういえば「ドライブ・マイ・カー」に批判的な意見の多くは「中年男性が若い女性に救われるという都合の良さが許せない」というものだった。私はその説に同意しないけど(だってあれはみさきが再生するストーリーでもあったわけでしょう…)、「ハッピーアワー」における辛辣な描写と照らし合わせると「男は滅びろ。優越的地位にいるおっさんは絶対に滅びろ」という、全方位的な圧を感じずにはいられない。毎日のように性差や社会的地位を背景にしたおっさんによる愚行が報道される現代においてはごもっともである。しかし正直に告白すれば、私を含む世の中の中年男性に取って自らの優越性を認めるのは意外と難しい。40代半ばまで歳を重ねて分かったのだが、精神的な自分の老いにはなかなか気がつかないのである。外型的には老いているのに気持ちが歳をとらないまま、若い頃には許された言動をとってしまうことはままあるだろう(犯罪は論外としても)。そして社会的地位がちょっと上がったところで、上にも下にも気を遣わなくてはいけない場面は増えていき、果たしてこんな俺のどこかが偉いんだ?という自己憐憫にすらかられる時もある。しかしこれは自分のことを自分の目線でしか見ていないために陥る罠だ。良き大人でありたいのならば、社会における自分の現在地を俯瞰して、絶えず価値観を更新していく必要があるのだろう。大変だけど。その意味でこの映画の公平さと辛辣さは、これ以上ないほど正確なGPSと言える。そして「ドライブ・マイ・カー」への的はずれな批判の根底にあるものもやはり引き受けなければならないのだろう。俺たちは最低。しかし変わることもできる、かもしれない。

 

改めてこの異形の作品「ハッピーアワー」から6年後の、「ドライブ・マイ・カー」との距離に思いをはせてみる。洗練という点において両者には決定的な違いがあるが、鑑賞という言葉に収まらない体験をもたらすという意味では、両者は完全に地続きの関係にある。「ドライブ・マイ・カー」がアカデミー賞にノミネートされてもっとも嬉しかったことは、注目、評価されることでこの体験を共有する人が世界中で増えるということだった。そしてその思いは、より実験的で原器的、そして拘束時間というハードルが高い「ハッピーアワー」の方が当然強い。もしチャンスがあればこの行き先の分からないバスに飛び乗ってみることを、ぜひおすすめしたい。

 

しかし最後に、音楽好きとしてどうしても気になったことをひとつだけ書いておきたい。それは劇中に登場するクラブの描写がどうしてあんなに実際のそれとは違ってしまうのか、という点である。いかにもクラブに行ったことのない人が想像する「危険な若者が集まるといかがわしい場所」という感じだし、そこで起こったエピソードもこの映画の中で唯一、現実離れしていた。つまりここだけとてもダサくて嘘くさいのである。これはこの映画に限ったことじゃないのだけど、きちんと舞台を描けないのなら無理して登場させるべきではないし(普通のバーでも十分だったと思う)、登場させるのならば「24アワーパーティーピープル」や「ノーザンソウル」までとは言わないけど、音楽や店の雰囲気、客の佇まいまで正確に描写してほしい。この「日本映画に出てくるクラブがダサすぎる問題」の早期解決、今後も断固として要求し続けていきたい。

隔離期間の記録

妻がコロナ陽性と判定され、家族全員が濃厚接触者に。下の娘と行くはずだった旅行は急遽キャンセル。隔離モードに突入。

春休みのほとんどがつぶれてしまう子どもたちには悪いが、こればっかりは仕方がない。この隔離生活を22年春休みの思い出にしてもらうしかない…と思い、長女には英検の問題集、次女にはうんこドリルをプレゼントした。ものすごく嫌な顔をされた。

 

感染家庭には市から食糧が届くと聞いていたが、「なんとかなる人は自分でなんとかして」という無言の圧力を感じて辞退。本当に困っている人に手厚くケアしてください…。

なお事情を知った会社の上司が「俺が買い物してきてやる」と申し出てくださったが、こちらも丁重に辞退。しかし本気でこういうことを言えるのが私の上司のすごいところだ。

 

幸い妻は軽症で今は全快。それでも4日くらいひどい頭痛が続いていた。インフルエンザを薬なしで耐える感じだったとのこと。

 

在宅勤務と主夫業と家庭教師のトリプルワークはそれなりに大変で、家族四人で家にこもる生活もストレスフルではあったけど、ちょっと前に百年ぶりに再開していたジョギングに救われた。えっちらおっちら20分くらい我慢して走った後にやってくる心地良い疲労と程良い筋肉の痛み。それを感じるだけで、自分が何かいいことをした気がするし、その日がとても有意義なものだったように思えてくる。消費したカロリーはその後のアルコールですぐに回収されてしまうだけなんだけど。トリプルファイヤーの「銀行に行った日」の世界だ。

 


いつもより静かな週末の夜に、配信ライブを二つ観た。

一つはVIDEOTAPEMUSICのワンマン公演。VIDEOTAPEMUSICのライブを観ると、普段は脳みその奥深くに沈んでいる記憶を掘り起こされたような感覚になる。昔連れていってもらった(あるいはもらわなかった)遊園地の光景、若い頃に訪れた(気がする)どこかの街の雑踏やお祭りの光景。本当は会場で体験したいライブだったけど、家族が寝静まった後にソファで猫を撫でながら観る寄るべなさも滋味深い物があり、「Fiction Romance」から始まる終盤のの名曲連発に泣いた。それにしても、エマーソン北村のキーボードプレイは上手いとかいいフレーズとかそういう次元ではなく、音楽そのものをふわっと持ち上げているような印象を受けてとても驚いた。


もう一つはTURN TVの第四弾でSpoonful of Lovin’と中川理沙の共演。日記に書けていなかったのだけど、前回の高野寛佐藤優介のライブがもう本当に素晴しくて、各アーティストの力量はもちろんだけど、岡村編集長によるブッキングの妙も感じた。なので今回もすぐにチケット購入。前半の中川理沙パートではなつやすみバンドの「黒い犬」のセルフカバーにウルっときてしまった。そして後攻のSpoonful of Lovin’。「Whatever」の絶妙すぎるワルツカバーに脱力させられ、ボンジョビの「It’s my life」ではいつぞや会社の忘年会でコピーバンドを組んだトラウマが蘇ってきた。しかし眉間の皺が深くなってしまうこのご時世に、音楽のサニーサイドだけを抽出して聴かせてくれる彼らの存在はもはやラジカルですらあるのでは、と思った。

 

本は2冊読んだ。先日のライブの時に購入した東郷清丸の「日誌」と井上荒野の「あちらの鬼」。

東郷清丸の文章は何気ない日常の記録なのに随所で心の琴線に触れてくる。私が書き連ねるこの駄文との差はどこから生まれてくるのかとしばし考え込んでしまった。人生や他者に対する嘘のなさ、正直さの違いなのではないか、というのが今のところの結論。それはいいとして、植本一子に続く日記文学の書き手が現れたという予感もちょっとしている。井上荒野の小説は、実父の長年にわたる不倫を母親と不倫相手の目線で描くという生々しい内容なのだが、わい雑さのようなものが一切ない。筆致が清潔で透明なのである。この文章を書くのにどれくらい技術を注ぎ、どれくらい魂を削ったのか(あるいは削らなかったのか)ということにとても興味がかる。

 


結局、妻以外の家族にうつることはなく、予定通りに謹慎期間を終えた。長女はさっそく友だちと朝7時からカラオケに行ったり夜桜を見に行ったりしている。そして次女は特にゲームとYouTubeに興じている。

檸檬企画「曙の音」に行った日の話

先日配信デビュー曲も素晴らしかった檸檬のお二人が企画した「曙の音」に行ってきた。会場は金山ブラジルコーヒー。「めっちゃおいしい食べ物がたくさんあるで」という甘言で下の娘も一緒に連れ出した。

 

最初に登場したのは東京からやってきた(すみません愛知の方でした)シンガーソングライター・ムルヒ。完全に初めましてだったけど、ドラム、ベースにトロンボーンが入ったバンド編成と少しとぼけたアレンジはSAKEROCKを彷彿とさせる。一方でファンクネスあふれる歌と演奏はSUPER BUTTER DOGのようだし、楽曲はいかにも宅録的なねじれ感もあり、まさに才人現る、という印象であった。

 

続いて登場したMURAバんくはこれまた初めましてのバンド。スーツでビシッと決めた外観で疾走感のあるジャズをバカテクで決めつつも、クレージーキャッツ的なギャグを炸裂させていくスタイル。見事な芸達者ぶり。こないだカセットを手に入れてそのデタラメな才能が炸裂する様に打ちのめされた葛飾出身とも交流があるそうなので、もう少し深掘りしてみたい。しかしどうでもいい余談ですが、楽器にでっかい「TRUMP」というステッカーが貼ってあるのが見えた気がして、え?好きなの?ギャグなの?実は光の戦士なの…?と勝手にドキドキしてしまった。


お花見のようににぎやかな2バンドの後に、ギター一本を抱えて現れたのは、我らが東郷清丸。急に夜桜のムードである。彼の歌を最後に生で聴いたのはなんと2019年9月の『Q曲』のリリースツアー。すっかりご無沙汰してしまっていた。あれからいわゆる全国流通されるフルアルバムのリリースはないけれども、去年アジカンのGotchとスプリットでリリースしたカセットテープは彼のポップネスが健在であることを印象づける傑作だったし、bandcampでリリースした「Golden Week Songs」もシンプルな弾き語りというフォーマットでありながら、最新のジャズを彷彿させるような音像と余韻を感じさせたりもして、やはりこの人は底知れないものがあるな…と思っていた。

年末から今年にかけてリリースされた『余生Ⅲ』『ラバ区』も、完全自主制作のCD−Rということで、デモあるいは習作という印象を持ってしまいそうになるけど、よく聴くとやはりそう簡単に片付けられない深みがある。むしろポップミュージックを発明し直してきた東郷清丸のこれまでのスタンスからすると、この歌とギターというシンプルな形態こそが最新形なのかもしれない。彼が今どこにいるのか、その現在地をどうしても確認したいと思っていたのである。

そんな思いで見届けたこの日のライブ。歌の深まりぶりが想像以上にすごかった。安直な想像だけど、お子さんが生まれたこと、事務所から独立したこと、そしてもちろんコロナ禍も含めて、この2年半の出来事をすべて歌の滋養にしてしまったのではないか。そう思わせる凄みがあった。それまで賑々しかったブラジルコーヒーの空気を一瞬でつかみ取って、曲を重ねるごとに聴く者の心深くにじわじわと侵食していく静かな迫力に、ずっと鳥肌が立っていた。約30分と短いライブだったけれども、それでも来た甲斐があったと思わせてくれると同時に、あと1時間は聴かせてくれいとも思ってしまう。今の東郷清丸、みんなも絶対に観た方がいいと思います。

 

そんな感じでずっと音楽に打ち震えている父親を尻目に、ナポリタン、カフェオレ、クリームソーダを平らげて満足した娘と、それぞれお腹いっぱいになりながら帰宅。楽しいイベントでございました。

初めて家主のライブを観た話

これまで二回企画されて二回ともコロナでキャンセルになった家主のライブin名古屋。まさに念願のライブ初体験。セカンドアルバムが出てようやく…である。

 

しかしライブは見たことはないものの、彼らの音楽は自主制作のCD-Rの時から聴いているし、配信ライブもほぼ欠かさず観ている私。なのでこのバンドについてはそれなりにわりと分かってますよ、という体を気取っていたのだけれども、なんか全然そんなことなかった。むしろなんも分かってなかったわ…ということを体感したライブだった。

 

去年のTURNの年間ベスト記事でも書かせてもらったように、家主というバンドの魅力の源泉は、彼らが内包する歪みや矛盾にあると思っていた。例えば、最高に人懐っこいメロディーと絶望の底を突き破ったような歌詞。あるいはカレッジバンドのような佇まいに同居する往年のギターヒーローのような田中ヤコブの超絶プレイ、といった具合に。

 

でも初めて観る家主のライブはそんな細かいヘリクツははるか彼方に投げ飛ばしてしまっていた。

ロックバンドがひたすらにいい曲を演奏して、お客さんが思いっきり泣いたり笑ったりする。ただそれだけの1時間半は、もう拍子抜けするくらいにシンプルな多幸感に満ち溢れていた。歪んだり屈折したりしてる場合じゃなかったんですよ。

 

なんせこの4人組、思い思いに風変わりな雰囲気をまといつつも、とにかく楽しそうに演奏する。大学サークルの演奏会ですか…?というくらいのアットホームぶりで。それを観てるだけでこっちまで嬉しくなってしまうし、少なくともライブにおいては、芸術性とか作品性みたいなことよりも、この四人で演奏する喜びこそを大切にしている感じが伝わってきた。

そしてその姿勢は音にも反映されていて、配信ライブを見た限りでは飛び道具的に浮いているところが最高にユニークだった田中ヤコブのギターも、見事にアンサンブルの中に溶け込んでいたように思った。あの豪速の変化球を受け止められるくらいに、三人の作るリズムの足腰が太かったのである。その結果として、シンプルな8ビートでもなんだか妙にスウィングしている不思議なグルーヴが生まれていて、椅子になんか座ってられねぇよ…と気持ちにさせられた。精緻かつ繊細な技術で勝負するアーティストが多い昨今のシーンにおいて、まったく真逆の王道的アプローチ(でもやっぱりどこか狂ってるんだけど)で未知の領域に達している様が最高に清々しい。

さらにこの日のライブの何が特別だったと言えば、ソールドアウトで家主を迎えたお客さんのあたたかさですよ。大人しいことで知られる名古屋のお客さんが、バンドの演奏と完全に呼応しながら盛り上がっている光景は、コロナ以降のライブハウスで一番の美しさだったかもしれない。ワンマンだから当たり前だけど、ここにいる人たち全員が家主のこと好きなんだよな…と思うと胸が熱くなりました。

 

これはまた絶対に観たいわ…でも俺は4月の京都も行っちゃうもんねーとほくそ笑んでいたところで「あれ、そういえばチケット取ったけ…?いや、取ってないじゃん!」と気づき愕然。すっかり予約した気になっていたよ…。

信じられない失態に涙しながら得三の新名物のおみや(お持ち帰り用のおつまみセット)をアテにやけ酒をキメた。どなたかチケット余っていらっしゃればぜひ声かけてください…。

Buffalo Daughterのライブを観た

うっかり発売日を忘れて一度はソールドアウト。定員が追加されたおかげでなんとか観れたBuffalo Daughterのライブ。ため息が出るくらいにカッコよかった。最新作『We are the times』は2021年屈指の名作だと思うんだけど、あの緻密に構築されたサウンドを、ノークリックの生演奏で鳴らそうとする時点でコンセプチュアルでフィジカルでラジカル。無機的なサウンドを極めていくほどに人間の肉体性が際立っていくという最高のアンビバレンス。そのグルーヴを椅子に座ったまま浴びなければならないストイックなシチュエーションもまた作品の一部という気がした。

 

それにしても大野由美子はよくあんな同時にいろんな楽器を演奏しながら歌まで歌えるものだと感動してしまうし、シュガー吉永の、エゲツないくらいにワイルドで、時に繊細かつ技巧的なギターには惚れ惚れしてした。そして要所で見せるムーグ山本のスリルとユーモアに富んだスクラッチもこの音楽がいかに特別なものであるかの象徴のようだった。そしてサポートの二人、元ZAZEN BOYSなどと書くまでもない松下敦のドラミングは人間と機械の最良を抽出していたし、ステージの上で写真を撮っていたtakeru okumuraの自由で軽やかな佇まいはステージに絶妙な軽みをもたらしていたように思う。

そして私の大好きな「Don’t Punk Out」のディレイが最高に気持ちがいいぜ…と痺れていたところ、最後のメンバー紹介でPAはZAKと紹介されて深く納得した。

 

MCでシュガーさんが「名古屋はお客さんが入らないからずっと飛ばしてた」とおっしゃっていて、今回のライブが20年ぶり2回目だった私は恐縮していたのだが、たぶん若い時に観た時よりも、深く受け止めるこもができたのではないだろうか。ポップミュージックをユースカルチャーとして捉えると、加齢はミュージシャンにもリスナーにもネガティブな作用を与えるようなイメージがあるが、彼らのライブを観ていると、そんなの本当は違うんじゃないかという気がしてしまった。少なくともアートの世界においては、60代、50代は脂の乗り切った年代と言ってもいいはず。音楽もまた例がではないだろう。ムーグ山本さんは還暦を過ぎてるし、他のメンバーも私よりもだいぶ年上。まだまだカッコいい時間は続くんだぜ、と言われているようですごく勇気が出た。

 

大友良英・細田成嗣 対談「内田修ジャズコレクションの価値とは」

私の住む愛知県岡崎市は「ジャズの街」を自称していて、駅前の地下道の壁にジャズを演奏する人が描かれていたり、年に一度ジャズフェスティバルが開かれたりしている。

なぜ「ジャズの街」かと言うと、1960年代から自身が経営する病院の中にスタジオを作るなど、日本のジャズミュージシャンを支援してきた内田修さん、ドクター・ジャズという通称で知られるお医者さんがいたから。なので「ジャズの街」という呼称は正確ではなく、「すごくジャズを好きな人がいた街」という表現の方が正しい。こんな風に書くと揚げ足取りのように思われるかもしれないけど、この根本的な前提が少しずれていることが、内田氏が市に寄贈した貴重な資料がいまひとつ活用されていない状況を生んでいる一因のように思えるのだ。内田氏も亡くなられた今、このままでは資料の陳腐化が進んでしまうのではないか。ジャズ・ファンではないものの、音楽を愛する一市民として、図書館に設置された「内田修ジャズコレクション」の立派な部屋の前を通る度に、勝手にやきもきしていたのである。

 

そんな問題意識から「内田修ジャズコレクションの価値」というテーマによる大友良英氏と細田成嗣氏の講演を聴講した。大友氏は内田先生がサポートしていた高柳昌行の弟子だったという縁から岡崎市に定期的に講演に来てくれている。また細田氏は話題になった『AA 五十年後のアルバート・アイラー』の執筆にあたって、内田コレクションを活用したという。

この日の講演の要旨を超ざっくり要約すると「内田コレクションの価値を市民に理解してもらうための、ジャズの専門家による解説」「コレクションの維持・活用のために必要なこと」という二点。

 

前半の「内田修ジャズコレクションの価値」というパートでは、細田氏が発掘した60年代のプライベート録音を実際に聴かせてもらい、その先進性を大友氏が解説してくれるという贅沢な時間。この日取り上げられた音源は1962年に名古屋で行われた高柳昌行らによるセッションのライブ録音。テンポやコードが緩やかかつ複合的に共有される、フリージャズ的アプローチは世界的にもほとんど演奏されておらず、いかに当時の彼らが最先端だったのかを示す貴重な証拠である、とのこと。さらにこうした先鋭的なジャズミュージシャンが現代の音楽に与えた影響の代表として石若瞬が紹介されて、私の愛するポップミュージックと内田コレクションの距離の近さを示してくれて大変に感動した。

 

講演の後半では、こうした貴重な記録を保存・活用するためのアイデアや課題が観客との質疑応答も含めて語られたが、重要なポイントは「この大いなる遺産と現代の表現をいかに接続させていくか」という点にあるように思った。今の芸術や文化は、過去と無関係にここに存在しているわけではなく、先人の取り組みと現世代のアイデアが組み合わされることによって生まれている。それをオーディエンスが頭と耳と目を通じて実感することが、過去と現代の表現の価値を高めることに繋がるし、その素材としてこのコレクションはまさにうってつけのものだろう。


そのために例えば、このコレクションをベースに音楽評論家・ミュージシャン・DJなどをキュレーターとしてテーマやコンセプトを設定してもらい、それに沿ってトーク・音源のリスニング、ライブをセットにしたイベントを定期的に開催しては面白いのではないか。これだけ膨大なものがあればネタにも困らないだろうし、ジャズから出発してヒップホップ、R&B、ポップミュージックまで射程を広げれば、私のようなジャズの外側にいるリスナー、あるいは若い音楽ファンにもリーチすることができるはず。この日の聴講者を見渡して見ると私が最年少くらいだったので、より若い世代へコレクションの価値を伝えることは喫緊の課題に思える。

また、どんな企画にせよ長く続けるということが「ジャズの街」としての名と実を得る上では大事なことだと思われ、そうなると予算の確保の問題があるだろうけど、一流の専門家、音楽家を起用すれば興行として成立する可能性は高いだろうし、自治体の持ち出しも少ないのではないか。この日講演が行われたホールは、「リゾーム・ライブラリーフェス」の会場として熱心な音楽ファンに知られているわけで、こうしたイベントとの繋がりも活かせれば面白くなるのではないか。

 

以上が「この資料を活かすのも殺すのも、税金を払っている岡崎市民次第」「これは岡崎市、あるいはジャズに限った問題ではなく、高齢化と財政逼迫が進展する日本の文化行政全体の問題である」とお二人が繰り返し語っていらっしゃった真摯なメッセージに触発されて私なりに考えてみたアイデア(配られたアンケートにも書いてきた)。岡崎市役所の人たちに届いたりしたらいいな…。

臆病で利己的な私がこの一週間考えていること。

民主主義とは何か。そんな雑な問いに対して私なりに答えるならば、「永遠に決着のつかない綱引き」となる。

言論という綱を、一定のルールに基づいて、意見や立場が異なる人たちが引っ張り合う。あちらが強く引っ張れば、こちらも強く引っ張らなければならない。こんなことを続けていると疲れるからつい手を放したくなるけど、どちらか一方が強くなりすぎて相手を引きずり回すと怪我をしてしまう。なので、めんどくさいけど均衡が保たれるように力を入れておかなければならない。


プーチン、あるいはプーチン的な権力者というのは、この綱引きのルールを歪めたりズルをしようとする人のことだと思っている。例えば反対側から引っ張っている人間を、脅したり傷つけたり騙したりして減らそうとしたり、審判を買収して判定を変えてしまったり、ルールを都合よく変えてしまおうとする人間。


幸いにして今この国にプーチンはいない、と言っていいと思う。でもプーチン的な思考回路や野望を持った政治家ならたくさんいる。国の資産を友達に横流ししたり、テレビ局に圧力をかけたり、意見の違う国民を敵視してみたり。なぜこういう政治家が選ばれるようになったのかと言えば、みんなが綱引きが面倒くさくなっちゃったからではないか。その確かな理由は分からないけど、プーチン的なものに支配されていた戦前の記憶が薄れてきたことと、日々の生活がどんどん苦しくなっていること、周りの国々の力が相対的に上がってきていること、が大きいような気がしている。綱引きなんてやってる暇はない。なんならゆるやかな独裁が心地よい、と。

 

でも、プーチン的なものは、加速度的に膨らんでいくものだと思う。誰でも経験のあることだろうけど、一つ嘘をついたら、それをごまかすために別の嘘をつかなくてはならない。国の資産を横流しした政治家がどんどん嘘を重ねていって、最終的に公務員が殺されてしまったという事例は、その一端だ。あの政治家は公式に確認されただけでも118回も嘘をついた。それを指摘する、つまり逆の方向から綱を引っ張る野党やマスコミがいなければ、そのことすら明るみにならなかっただろう。そしてこれも会社や組織に身を置いた人なら分かるだろうけど、偉い人が嘘をつけば、それを黙認する人、隠す人の数も膨大なものになる。あのまま彼が政権の座についていれば、共犯者しかいない歪んだ政府が出来上がっていただろう。なので、プーチン的なものの芽はできるだけ早めに摘まなけばならない。軍隊や警察という暴力装置を独占する権力が腐敗して暴走を始めてしまえば、もう私たちにできることほとんどない。そうならないように綱引きを公正で平和的に行えるようにしなければならない。それが大人としての責任だと思い、冷笑ムードを感じながらも、反対側の綱の端っこを握っているつもりだ。

 

それでももしこの国をプーチンのような人間が支配したならば。私はすぐに綱を放す。SNSのアカウントもブログも全部消して、マイナンバーで管理された従順な国民としてひっそり余生を送るつもりだ。心の中で「俺もがんばったんだよそれなりに」と言い訳をしながら。繰り返すけど、暴力装置の暴走の前に、私ができることはほとんどない。

 

そんな臆病で利己的な私なので、もしプーチン的な独裁者に率いられた軍隊が攻めてきたら、すぐに降参するだろう。その代わりにもし自衛隊の人たちが戦わずに逃げたとしてもそれを責めるつもりはない。自分にできないことをやれ、命をかけろというのは無責任だと思うから。だから今この瞬間、ウクライナで戦う人たちを心からリスペクトしているけど、彼らに逃げ出す自由があることも願っている。プーチンが勝ってしまうことは世界にとっても悲劇だけど、それを回避する責任をウクライナの人にだけ負わせることはできない。彼ら一人ひとりの判断というものが尊重されてほしいし、尊重してほしい。

 

この一週間、プーチンに攻められないように日本も核武装をすべきだ、という意見をよく目にする。特に私がプーチン的素養を持つと思っている政治家がその中心にいるようである。彼らは核兵器があればプーチンは攻めてこないと言うけど、本当だろうか。核兵器Amazonのように、注文した翌日に届くというものではない。つくるにしても、買うにしても、何年もかけて準備をする必要があるはず。その間に「日本が核攻撃の準備をしている」と難癖をつけられる可能性はないだろうか。イラクウクライナもそうやって攻め入られたし、イランや北朝鮮経済制裁を受けている。帝国主義の前科がある日本がそんなことを言い出して、あのプーチン金正恩習近平が「日本は平和のために核兵器を持つんだよね」と優しく見守ってくれるとは考えにくい。彼らの「安全確保のため」という大義名分の名の下に尖閣諸島は奪われるし、北方領土に核ミサイルが配備される、というくらいのことは予想しないといけないと思う。そして日本が勝手に仲間だと思っている国の目の色も変わるはず。だって日本はアメリカ・中国・イギリス・フランス・ロシアの5か国以外が核保有を禁止する核拡散防止条約に署名して、それに基づいて北朝鮮やイランやイラクを非難してきたわけだから。「非核三原則は昭和の発想」とか言っている野党の党首がいたけど、これは国内だけの問題ではなく、国際秩序への挑戦と受け止められる可能性があることを分かっていないのではないか。190の署名国から冷たい仕打ちを受ける覚悟が、彼にあるとは思えない。そして覚悟という意味で言えば、もし首尾よく核兵器を手に入れたとして、万が一の時、自分が核ミサイルの発射ボタンを押すということを想像しているのだろうか。一発命中する間に十発打ち込まれるかもしれないという状況で、そんな決断が本当にできるのだろうか。核をぶっ放した後に訪れる地獄と、他国に占領される地獄。臆病な私は迷わず後者を選ぶ。「タブーなき議論を」というのなら、そこまで示すのが責任のある政治家の態度のはず。それを隠して「核があれば大丈夫」と喧伝するのは、綱引きのルールを歪めていることのように思えてならない。


ちなみに「いや保有じゃない。共有だ」という人もいるけど、私の頭が悪いせいか、意味がまったく理解できない。共有ということは自分の意思でそれをコントロールすることすらできない、ということではないだろうか。つまり、共有するためのコストは払うけど、それを打ってほしい時に打ってくれないということもあり得る。「核兵器が平和維持において死活的に大事」ならば、それこそ共有者に生殺与奪を握らせるということになる。果たしてそれが彼らの大好きな「自分の身は自分で守る」という理想に合致しているのだろうか。しかも対外的には実質的な核保有国と見なされるわけであり、周辺国へのインパクトは単独保有と変わらない。

 

私のような素人でもこれくらいの疑問が瞬時に湧くのだけれども、政治家はこれにちゃんと答えてくれるのか、非常に不安である。


だったらどうやってこの国を守るのか、対案を出せと言われるだろう。しかし私の知る限り、「近隣国から身を守るための完璧なメソッド」は歴史上誰も確立していない。つまり特効薬はないということだ。そもそも地理的・歴史的条件によって、その国が現実的に取りうる策というのはほぼ決定しているのではないだろうか。アメリカ、中国、ロシア、そして南北朝鮮と台湾。こうした国々と海を挟んで向き合い、そして太平洋戦争でほぼ主権を失うところまで追い込まれたという経緯から、日本が独力で超強力な軍備を整えることなど、今までもこれからも選択肢として存在しないというのが現実だ。その所与の条件の中でできることは、今の自衛力を保持しつつ、非軍事的な手段で民主主義的価値観を国内外で共有すること。そして経済的・文化的な交流を増やすことによって国民間の相互関係を強化すること。そんな地道なことだけだと思っている。もちろんそれもプーチンのような狂気の前では無効になってしまうし、この30年、西側社会が抱いていた「資本主義の恩恵が行き渡ればロシアも中国も価値観を共有できる国になるはず」という期待はあまりにも牧歌的だったことを認める必要はある。しかしだからと言って、われわれが核兵器を数発持ったところでその状況は変わらない。この無力感を認識するところから議論を始めないといけないように思う。お花畑と批判されても構わないけど、せめてその前に私の質問に答えてほしい。フェアに綱引きをしようじゃないか。