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大友良英・細田成嗣 対談「内田修ジャズコレクションの価値とは」

私の住む愛知県岡崎市は「ジャズの街」を自称していて、駅前の地下道の壁にジャズを演奏する人が描かれていたり、年に一度ジャズフェスティバルが開かれたりしている。

なぜ「ジャズの街」かと言うと、1960年代から自身が経営する病院の中にスタジオを作るなど、日本のジャズミュージシャンを支援してきた内田修さん、ドクター・ジャズという通称で知られるお医者さんがいたから。なので「ジャズの街」という呼称は正確ではなく、「すごくジャズを好きな人がいた街」という表現の方が正しい。こんな風に書くと揚げ足取りのように思われるかもしれないけど、この根本的な前提が少しずれていることが、内田氏が市に寄贈した貴重な資料がいまひとつ活用されていない状況を生んでいる一因のように思えるのだ。内田氏も亡くなられた今、このままでは資料の陳腐化が進んでしまうのではないか。ジャズ・ファンではないものの、音楽を愛する一市民として、図書館に設置された「内田修ジャズコレクション」の立派な部屋の前を通る度に、勝手にやきもきしていたのである。

 

そんな問題意識から「内田修ジャズコレクションの価値」というテーマによる大友良英氏と細田成嗣氏の講演を聴講した。大友氏は内田先生がサポートしていた高柳昌行の弟子だったという縁から岡崎市に定期的に講演に来てくれている。また細田氏は話題になった『AA 五十年後のアルバート・アイラー』の執筆にあたって、内田コレクションを活用したという。

この日の講演の要旨を超ざっくり要約すると「内田コレクションの価値を市民に理解してもらうための、ジャズの専門家による解説」「コレクションの維持・活用のために必要なこと」という二点。

 

前半の「内田修ジャズコレクションの価値」というパートでは、細田氏が発掘した60年代のプライベート録音を実際に聴かせてもらい、その先進性を大友氏が解説してくれるという贅沢な時間。この日取り上げられた音源は1962年に名古屋で行われた高柳昌行らによるセッションのライブ録音。テンポやコードが緩やかかつ複合的に共有される、フリージャズ的アプローチは世界的にもほとんど演奏されておらず、いかに当時の彼らが最先端だったのかを示す貴重な証拠である、とのこと。さらにこうした先鋭的なジャズミュージシャンが現代の音楽に与えた影響の代表として石若瞬が紹介されて、私の愛するポップミュージックと内田コレクションの距離の近さを示してくれて大変に感動した。

 

講演の後半では、こうした貴重な記録を保存・活用するためのアイデアや課題が観客との質疑応答も含めて語られたが、重要なポイントは「この大いなる遺産と現代の表現をいかに接続させていくか」という点にあるように思った。今の芸術や文化は、過去と無関係にここに存在しているわけではなく、先人の取り組みと現世代のアイデアが組み合わされることによって生まれている。それをオーディエンスが頭と耳と目を通じて実感することが、過去と現代の表現の価値を高めることに繋がるし、その素材としてこのコレクションはまさにうってつけのものだろう。


そのために例えば、このコレクションをベースに音楽評論家・ミュージシャン・DJなどをキュレーターとしてテーマやコンセプトを設定してもらい、それに沿ってトーク・音源のリスニング、ライブをセットにしたイベントを定期的に開催しては面白いのではないか。これだけ膨大なものがあればネタにも困らないだろうし、ジャズから出発してヒップホップ、R&B、ポップミュージックまで射程を広げれば、私のようなジャズの外側にいるリスナー、あるいは若い音楽ファンにもリーチすることができるはず。この日の聴講者を見渡して見ると私が最年少くらいだったので、より若い世代へコレクションの価値を伝えることは喫緊の課題に思える。

また、どんな企画にせよ長く続けるということが「ジャズの街」としての名と実を得る上では大事なことだと思われ、そうなると予算の確保の問題があるだろうけど、一流の専門家、音楽家を起用すれば興行として成立する可能性は高いだろうし、自治体の持ち出しも少ないのではないか。この日講演が行われたホールは、「リゾーム・ライブラリーフェス」の会場として熱心な音楽ファンに知られているわけで、こうしたイベントとの繋がりも活かせれば面白くなるのではないか。

 

以上が「この資料を活かすのも殺すのも、税金を払っている岡崎市民次第」「これは岡崎市、あるいはジャズに限った問題ではなく、高齢化と財政逼迫が進展する日本の文化行政全体の問題である」とお二人が繰り返し語っていらっしゃった真摯なメッセージに触発されて私なりに考えてみたアイデア(配られたアンケートにも書いてきた)。岡崎市役所の人たちに届いたりしたらいいな…。