ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

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【配信解禁記念】センチュリーとルースターズに見る日本人の精神性について

自動車も、乗り方によって存在感ががらっと変わる。そのことに気がついたのは、今から数十年前、高校生の時に見た写真週刊誌。離婚問題で追いかけ回されていた永瀬正敏の後ろに映っていた白っぽいトヨタ・センチュリーを見た瞬間だった。あの頃の永瀬は、触るものみなカッコよく見せてしまう魔法の使い手だったので、それまで昭和の応接室にしか見えていなかったセンチュリーが、急にジャパニーズ・ギャングスターの成功の証のような、グリッターな輝きを帯びているように感じた。工業技術の集積である自動車をファッションやカルチャーの文脈で捉え直すことができることに気づいたのだ。

 

センチュリーはトヨタグループの創始者である豊田佐吉の生誕100年となる1967年に発表されたフラッグシップ・モデル。日産プレジデントと共に、政府・官庁、企業のVIPの公用車として活躍した。一分の隙もないほどに、おっさんのおっさんによるおっさんのための車である。

専任者がほぼ手作業で作り上げるという車体には、国産乗用車初のV型12気筒エンジンが搭載されたが、これは片側の6気筒が故障しても残りの6気筒で要人を無事に目的地まで送り届けるという設計思想があったとされる。本当にそんなことができるのかは知らないし、そんな場面がそうそうあるとも思えないし、そこまでして助けなきゃいけないおっさんがどれだけいたのかも分からないが、中2ゴコロをくすぐる伝説ではある。ちなみに私の記憶が正しければ、永瀬正敏が乗っていたセンチュリーのボディカラーは「精華」だったはず。そう、この車はボディカラーもすべて漢字で表されるのだ(他には「神威」「摩周」「瑞雲」とか)。そしてフロントグリルに輝く鳳凰のエンブレムは七宝焼に手彫りを加えたもの。

西洋からやってきた自動車という乗り物に、なんとしてもジャパニーズ・トラディションを搭載するのだ…という昭和男の執念。ならばいっそ「世紀号」とか「佐吉丸」と名付ければいいようにも思うが、この煮え切らない感じこそが、戦後日本というものなのだろう。

しかしこの欧米に対する受容と反発の愛憎関係は、決して昭和おじさんだけのものではない。若者文化におけるその最も顕著な表出は、明治時代のバンカラに始まり、令和の「東京リベンジャーズ」に至るまで続く、いわゆるヤンキー・カルチャーであろう。「愛羅武勇」「暴威」「亜無亜危異」といった定番の当て字とセンチュリーのボディカラーが一致してしまうのは決して偶然ではない。

根っからの文系・リベラル・ニュータウンっ子である私にとって、この中途半端な伝統主義は最も忌避すべきものに他ならなかったが、少なくともクルマの世界ではセンチュリーという例外ができた。永瀬正敏が乗っていただけで。そして時をほぼ同じくして、音楽においても例外の存在が現れた。その名は、ザ・ルースターズ修羅の国・北九州が生んだ最高のロックンロール・バンドである。

ファースト・アルバム『THE ROOSTERS』のジャケットを見てほしい。荒廃した裏通りで睨みをきかせるの4人の眼差し。目があった5秒後には身ぐるみ剥がされている自分しか想像できない。ヤクザ人生50年分くらいの修羅を経た仕上がりだが、この時の彼らはまだ二十歳そこそこ。当時の私とほとんど年齢が変わらないということに強い衝撃を受けた。

The Champsのあまりにも有名な「Tequila 」のカバーから始まる演奏も痺れるほどかっこいいが、ジャケット同様に浮かれたところはどこにもない。ダンス・ミュージックとパンク・ロックの本質に最短距離でにじりより、掴みかかるような緊張感。エディ・コクランやボ・ティドリーのカバーを交えながら次々と繰り出されるビートは、タイトでクールという言葉に尽きる。若者だけに許された、新世代による革命などという浮ついた理想には目もくれず、虚飾を排したリズムを追求する様は、硬派という形容がぴったりくる。パーティー・ミュージックとしての、あるいはセックス・アピールのためのロックンロールを受容し、職人気質と任侠道でそれに応えるというフィードバック。昭和の日本ならではのもの…などと言ってしまったらしめられるだろうか。

 

ちなみにかつて私が一度だけセンチュリーの助手席に乗った時、ダッシュボードには演歌のカセットテープが置かれていた。後部座席の主がいない時にだけ、運転手がこっそりと聴くのであろう。「クラウンでもレクサスでもなく、センチュリーを運転することには、ドライバーとして特別な誇りがあります」と語ってくれたその寡黙な運転手にならい、またこの車に乗り込むことがあれば、後部座席ではなく、運転席を預かる職人として、ルースターズをこっそり爆音で鳴らしてみたい。