ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

otonano佐野元春特集のあとがきのようなもの

Webマガジンotonanoの編集の方から「佐野元春の特集記事を書かないか」と声をかけてもらったのは1月の半ばくらい。『Sweet16』のデラックス版のリイシューに合わせて、90年代の佐野元春の歩みを5回にわたって連載するという企画。週一回4,000字。5回で20,000字。しかもこの特集には佐野元春自身のインタビューをはじめ、錚々たる執筆陣が名を連ねている。いやいや無理ですもし落としたら大変なことになりますし…と一瞬謙虚なフリをして断わろうと思ったが、今までの自分にできることだけやっていても仕方ないし、とサラリーマン生活では決して見せない前向きさで引き受けさせてもらった。

 

そしてそこからはもう佐野元春漬けの日々。90年代を語るには80年代から抑えなければ…と毎朝早起きしてすべての音源を聴き直し、足りないものは買い足して、編集部から送ってもらった資料を読み込んだ。娘が受験勉強の追い込みをしている隣で必死に。しかし佐野元春という名峰は、すでに何人もの名だたる音楽評論家が様々なルートで登っている。しかもご本人がこれまでのドキュメント、アーカイブをしっかりと保存するタイプのアーティスト(とても大事)なので、検索すればいくらでも情報が出てきてしまうのである。ありがたい反面、これらと異なる登山ルートを私が書き加えなければ、この企画の意味はないことになってしまうことになる。なんということだ。

もちろん音源を聴けば書きたいこと、書くべきことはいくらでも出てきた。なので一回あたり4000字以上というボリュームは思ったより苦にならなかった。問題はとにかく新しい登山ルートの方である。

 

しかしちょうど同じタイミングで、TURNに台風クラブ待望のセカンドアルバムのレビューも書かせてもらったのが良かったのかもしれない。例えばロバート・グラスパーを聴きながら、台風クラブガレージ・ロックに興奮する。そんな聴き方をしている人は30年前にも20年前にも存在しなかった。そもそも台風クラブみたいなバンドが、30年前に正当に評価されたかどうかも怪しい。つまり今と昔の価値観はどうしたって違うわけで、同じ登山コースを歩くことはもうできない。2023年を生きるリスナーとして90年代の佐野作品に触れて素直に感じたことを書けば、それは即ち新しい登山道になるということだ。果たしてそれが価値があるものかどうかは分からないけど、私は私なりの誠意を尽くすことしかできない。勝手にそう開き直ることにした。

turntokyo.com

今回取り上げた6枚のうち、一枚だけ選べと言われればやはり『The Circle』をあげたい。重くて、ダークな色合いの作品だが、その分だけタイムレス。そして未来を生きるための手がかりが一番多く詰まっている。この作品を一番最初に聴いた印象は、同じ時期に出たREMの『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』に似ているということだった。具体的なサウンドというよりも、社会や心情を見つめる眼差しに通じるところがあるように思ったのである。かなり飛躍した発想だと思っていたけど、後に出るアルバム『THE BARN』を録音したスタジオが『オートマチック〜』と同じだと後から知ってちょっと震えた。マイケル・スタイプ佐野元春。日米ロック界の賢人、という共通点もある気がする。
このアルバムのクライマックスは「君をつれてゆく」という真ん中に置かれた曲にあるのだけど、このリズム、サックスの音色、静かに語りかけてくるようなボーカル。どうしても同じ年に出た小沢健二犬は吠えるがキャラバンは進む」を思い出してしまう。明け方にこの曲を聴きながら近所を散歩していると、15歳の夜、塾の帰り道に「天使たちのシーン」を聴いた時と同じ昂りに襲われ、サビにくるたびに涙ぐんでいた。よく通報されなかったな、とも思う。

この1ヶ月は佐野元春漬けと言ったけど、決して彼の作品だけを聴いていたわけではなかった。佐野作品は一枚ごとにカラーが違っていて、しかも高度に折衷的なのである。これはあの曲からインスパイアされたのかな?とか考えながら、古今東西の音楽をたくさん聴いて、メモ代わりに使っていたプレイリストはあっという間に3時間以上になってしまった。彼はきっと30年前もこうやってポップミュージックのエデュケーションをしていたのだと思う。

https://open.spotify.com/playlist/3WT1NPZnwsOnmVNXHoxAQj?si=c8cd80b48c6e4fb8

 

そんな感じで、アルバム一枚ごとに大騒ぎしながら書いた記事が本日すべて公開された。私はもう元春ロス。さびしいし落ち着かない。なのでこんなに長い文章をクールダウンのために書いている。朝早く起きて音源を聴きながら歩き回り、夜は佐野元春のライブの夢まで観るほど(会場はニューヨークだった)ストイックな生活を送っていたら体重も少し減っていた。ありがとう佐野さん。6月のツアーをめちゃ楽しみにしてます。

otonanoweb.jp


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