ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

空白を埋める②(千里天国と森道市場)

ゴールデンウィークの後半、ソニーのwebマガジン「otonano」から大江千里のアルバムレビューの依頼を受けた。大江千里はなんと言っても私が物心ついて最初に好きになったミュージシャン。小学校三年生の頃、ミュートマジャパンで流れる「YOU」のMVをたまたま観て心を奪われ、姉が持っていたカセットテープを片っ端から聴いていった。きっとグッドメロディーから逃れられないその後の人生はあの瞬間に決まっていたのだろう。なので「初期の作品ならどれでも書きます!」と答えたところ、なんと5枚も書かせてもらえることになり、私の納涼千里天国がスタート。一枚につき400字という短い原稿ながら、アルバムごとの特徴と、大江千里のキャリアにおける位置付け、当時あるいは後世の音楽シーンに与えた影響を入れ込もうと思うと、何度も聴き込んでたくさん下書きしてそこから切ったり貼ったり推敲して…という作業を無限に繰り返さないといけない。私の場合。しかも掘れば掘るほど若き日の大江千里の魅力的なエピソードがたくさん出てくるし、清水信之大村雅朗が作り込んだサウンドは聴き込むほどに発見があるし…。


というわけで森道市場の会場でも大江千里を聴きながら、2日目のトップバッター・Ogawa&Tokoroのライブを待っていたわけですが、とても素晴らしいライブでした。スティーブ・ヒレッジのようなアンビエントから、密室ファンク、黎明期のテクノハウスへとどんどん変容していくサウンドは、ちょっとした時間旅行のよう。意識すれば吸い込まれ、意識しなければ流れていく音楽が、多くの人が行き交う遊園地の入口という場所で鳴らされていたのも最高だった。角張社長もいらっしゃいました。


続いてはROTH BART BARON。極限まで薄さを追求したOgawa & Tokoroとは打って変わって重厚長大サウンドに圧倒される。ダンディーでジェントルな三船雅也をはじめ、バンドメンバーの佇まいまで濃厚。ライブを観るのは初めただったけど、こんなに熱いステージなんだな…と衝撃を受けた。


続いてはメインステージに移動してサニーデイ・サービス。森道のサニーデイと言えば、丸山君最後のライブ(後にも先にもあんなにピュアな音楽は聴いたことがない)、暴風雨の中でぶちかまされた「Fuck You音頭」(いつかDVD出してほしい)など、いずれも伝説級のライブをかましてきた。ある意味、この日は最高の天気も含め、今までで一番落ち着いて観れるコンディションだったかもしれないし、サウンドチェックで演奏した「江ノ島」の時点で優勝が決定していたようなものだった。リラックスした雰囲気の中で鳴らされる新旧を織り交ぜたセットリストの中で、一番盛り上がるのはやはり「コンビニのコーヒー」と「春の嵐」という最新曲。そして最新の曲が一番輝くからこそ「サマーソルジャー」のようなスーパークラシックも決して懐メロにはならない。老若男女のバランスが取れた客席を観てもこのバンドがピークにいることが伝わってくる。そしてその中に出店しているはずのLiE RECORDSの平松さんを見つけてしまい、お店はどうしたんだろうという疑問はありつつも、信用できる男だなと思った次第。


そのままメインステージでYOUR SONG IS GOOD。とにかくアルバム『Extended』からの楽曲が最高だった。テンポ感も力の入り具合もまさにジャスト。私のような老いぼれも心身の底から楽しくなってきてしまう人力バレアリック・サウンド。もうこのままずっと演奏してくれないかな…という気持ち良さ。サポートで入ったハイスタ恒岡章のドラムもソリッドですごい良かった。


日が暮れる寸前にGOFISHのステージ。初めてバンドセットで観たんだけど、正直あんなにいいと思わなかった…というかこの日観た中で一番感動したステージだった。手練のミュージシャンが鳴らすすべての楽器、井出健介と浮によるコーラスがしったりと折り重なり、一つに溶けていき、柔らかい干草のような舞台を準備する。そしてその上に乗る、持てる全てを歌に捧げたようなテライショウタの真摯なボーカル。一体なんだろうこれはと思いながら涙ぐんで聴いていた。どこかで観ていたきゆさださんからも「素晴らしかったですね」とTwitterにリプライがきて同志よ…と心から思った。


GO FISHの感動がなかやか冷めず、遊園地の端っこから浜辺まで歩く。次も遊園地に戻らなきゃいけないのに。とぼとぼと戻りながら入場規制がかかった藤井隆とパソ音のステージをビールとたこ焼きと共に遠くから眺める。


この日の最後は擬態屋。正直KIRINJIと迷いまくったけど、曽我部恵一マニアとして、そして佐内正史オリジナルプリントを所有する男として(自慢)、こちらを選択しました。初めて見る実物の佐内正史はなんというか全身芸術家って感じの自由なオーラをまとっており、酔拳のように言葉を繰り出してくる。それを時にいなしながら、時に膨らましながら音楽へと仕立てていく曽我部恵一坂出市観光大使)の即興のプロデュース力もまた見事。遊園地の灯りがなんだかますます綺麗に見えてきたね…というところでひとりぼっちの1日目が終了。淋しくないわけではなかったが、こんなに集中してたくさんライブ観たのは初めてかも。

 

 

翌日は下の娘が一緒に参加。小学校高学年になり、すっかり親を必要としない自分だけの世界を築いている彼女だが、二人で出かけるとこちらに気を使ってかいろいろなことを話してくれる。三河大塚の駅から、ゴールデンウィークChim↑Pomの個展で観た「ピカッ」の話などをしながら会場に到着。


この日はmei eharaバンドセットからスタート。2020年の「Ampersand」は本当に素晴らしい作品だったのにコロナ禍でツアーもなく、バンドセットのライブを観るのはまさに念願。しかもギターはトリプルファイヤー鳥居直道、キーボードは沼澤成毅、ドラムとベースは浜公氣とcoffというアルバムと同じ編成。神々しくも質実なmei ehata の歌はアンサンブルの中でもまったくその魅力をスポイルされることはなかったし、JTとスライとトーキングヘッズをたゆたうような、プロフェッショナルでありつつある種の歪さも残したバンドの演奏も良かった。高まりすぎた期待に完璧に応えてくれるライブに感動しながら娘のお土産にTシャツを購入。


続いては思い出野郎Aチーム。まさか愛知の地で手話通訳が入ったフルメンバーが観れるとは…と感激ひとしお。残念ながら私は手話を理解することはできないけれども、言語にはできないメッセージをたくさん受け取ったように思う。そして驚くべきはビール片手に集まった若者たちの多さ。前に観たのが得三だったので、いつの間にこんな人気が出たのかと衝撃を受ける。と同時に、もしかしてただのパーリーバンドとして消化されちゃってないか?という思い上がった不安が抑えきれなかったのは、ナンバーガールのTシャツに身を包む人を見過ぎたからかもしれないし、強すぎる日差しのせいだったかもしれない。しかしウェイウェイ盛り上がる観客の中で芽生えてしまったそんな小さな心のトゲは「週末はソウルバンド」で全部抜けていった。なんだかんだ言ったって、このステージにこれだけの人が集まっているのは希望以外のなにものでもないのだから。泣きながら踊った。

 


まだまだ時間も早いけど、娘の我慢も限界ということで、少し遊園地で遊んで帰路に。CIRCUS STAGE裏の巨大迷路を本気で迷いながらゴールして、会場全体を見下ろす頂上で鐘を鳴らしたのも良い思い出になりました。

 


厳戒態勢だった去年とは打って変わって、今年はどのアクトも野外フェスが帰ってきた!という喜びに満ちた演奏だったことが印象的だった。やっぱり音楽はこうでなくちゃね…。

そしてGOFISHやmei ehara、思い出野郎。こうしたインディー・アーティストのフルメンバーによるライブを観る機会は本当に貴重。特にコロナ禍以降特に集客という面でも感染リスクの面でも厳しくなっていると思う。なのでこういう音楽愛にあふれた大規模フェスの存在は本当にありがたいなと思いました。