ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

2021年8月22日の記録(フジロック3日目)

フジロック最終日。夜更けに降り出した雨も朝には上がり、本日も晴天スタート。天気予報は降水確率90%だったのに。今年の苗場の空はとてもいい奴。

今日は朝から観たいライブが目白押しで、その上で大トリの電気グルーヴまでどう体力をもたせるかというのが最大の課題。

まずは10:30からRed Marqueeで君島大空か、Pyramid Gardenで曽我部恵一ソロかという二択問題を迫られるが、やはり生涯一ファンとしての立場を貫き曽我部ソロへ。

 


10:30- 曽我部恵一@PYRAMID GARDEN

このステージは私が前に来た時にはまだ無かったと思うのだけど、近くで犬や子供が遊ぶ超ピースフルな場所だった。そのせいか曽我部さんの歌声もいつもより優しめかつ子供に関する曲多めだったような。特にソロでも屈指の名曲「Summer ‘71」を聴けたのは嬉しかった。でもやっぱりだんだんとボルテージが上がっていき、終盤の「LOVE SICK」の歌声は本物の山びことなって空に響き渡っていた。とは言えこの日、ロックンローラーとしての曽我部恵一が一番歌いたかった曲は「バカばっかり」だったんじゃないかという気がする。歌詞はあえて引用しないけど。それにしても朝起きて、ご飯食べて、そのままふらっと歩いて曽我部恵一の歌を聴くことができるという非現実感。実はもう死後の世界にいるんじゃないかとすら思ってしまった。

 


ちなみにPyramid Gardenはプリンスホテルの裏側にあるのだけど、「お前、20年経ってもここには泊まれないからな!」と貧乏学生だった私に教えてやりたい。

 


RED MARQUEEのSTUTSに間に合うようにメイン会場へ。しつこいようですが(実際にしつこかったので!)、検温・消毒・荷物検査はもちろん実施。ちなみに会場の水回りにはコゼットジョリが提供したハンドソープと消毒ジェルが潤沢に設置されていた。何度でも手を洗いたくなるいい香り。

しかし暑さと寝不足にやられた中年男性こと私、マーキーの中に入っていく元気がなく、外から眺める。疲労で免疫も下がっているかもしれないので、昨日以上に慎重に行動しなければ。手洗い・消毒・密回避。あとは栄養。

 


12:50- cero @GREEN STAGE

私的メインアクトのひとつ・cero。ワンマンが中止になってしまった無念をここで晴らしてください!と思っていたが、どうもサウンドチェックに苦労している様子で、やや押してスタート。配信スケジュールの関係か、ちょっと慌ただしい。そしてこれは私の体調(この時が疲労のピークだった)のせいかもしれないが、音のバランスも極上のフジロッククオリティには到達していないように思われたことがやや残念。しかし、フジロック・グリーン・配信あり、という大舞台でも、浮足立つことなく今の自分たちが鳴らすべき音と、鳴らしたい未来を提示する誠実さは、なんだかこちらまで誇らしくなってしまうくらいに清々しい。この日の白眉はなんと言っても「Contemporary Tokyo Cruise」から「FALLIN'」そして新曲「Nemesis」までの流れではなかろうか。特に間奏で披露されたポエトリーリーディングは、バンドと観客の立ち位置を鮮やかに入れ替えて、この苗場の山を大きな物語の中に封じ込める魔法のようだった。

配信は途中で終わってしまったと聞いたけど、ライブの最後に高城くんが「まっちゃん、さとちゃん、見てる?」と言いながらカメラに向かって手を振ったシーンは放送されていたのかしら。ちなみにポエトリーリーディングの時に読んでいたノートのカバーには大きく「街」「里」と書いてあった。このぶっちぎりのベストファーザーぶりも音楽の豊潤さに反映されているように思う。

 

 

 

本日の昼食はイエロークリフ。人が全然いない。同行者がノロノロとご飯を食べている時にまた大雨が降ってきて、かなりしっとりしたポテトを食べる羽目になっててウケた。こういうシーンを笑い飛ばせるくらいにはこの二日間で鍛えられた我々だ。

 

 

 

14:55- Ms.Machine @ ROOKIE A GO GO

大雨の中、ルーキーステージ(苗場食堂と兼用)でMs.Machineのライブを。今年の春に観たChoose Life Projectの配信番組でのライブがとても良くて、音源も手に入れたドラムレスの三人組。フジロックという究極の祝祭空間で鳴らされる、ストイックでダークなゴス・サウンドの異物感と、来年の出場権を賭けたオーディションというある種の不平等性を帯びたシチュエーションでも、フェミニストとしてのポリシーを曲げない強さに痺れた。この会場で友人が受けたという差別的な言動を告発した後で、「たとえ投票が最下位でも、私たちが一番最高。必ず大きいステージに上がります」と言い切る姿は、優越的権利を持った男性である自分がどこまでシンパシーを感じていいものかと考えてしまうくらいに、鋭い切れ味だった。ちなみに隣のグリーンでは秦基博ドラえもんの主題歌を歌っていて、このフトコロの深さ、レンジの広さがフジロックだな…と思った次第。

 

 

 

15:50- 羊文学 @RED MARQUEE

続いては同行者が本日一番楽しみにしていた羊文学。私もライブを観るのは初めてだったんだけどすごく良かった。メロディが綺麗なバンド、というイメージだったんだけど、一曲目からJoy Divisionみたいな重いリズムだし、歪んだギターも荒々しさが絶妙にコントロールされていて気持ちがいい。ポップであるためにロックンロールを一切犠牲にしていない音、というサウンドに感銘を受けました。特にドラムの人はシンプルなセットをガンガン叩く様が痛快だったんだけど、帰りの車の中で同行者から「え?あの人、男性だよ」と言われて二度びっくり。自分、いろいろ修行が足りないことを痛感。

 


マーキーを出てトイレに向かうと、MISIAが「君が代」を熱唱する声が聞こえてきてびっくりした。アーティストそれぞれの2021年があるんだな…。

 


ホワイトステージのブルーハーブと重ねるなんて殺生な…と思いながら、GEZANを見るべくレッドマーキーに残る。この時ばかりは配信勢が羨ましかったが、この不自由さがフジロックですよ!と涙目で強がる。でも配信を観ている人とリアルタイムで興奮を共有できるというのは、特に会話がままならない今年のフジにおいては、とてもありがたいものだった。そしてアーティストたちも、出演に対して多くの批判を受ける中で、配信で多くの人が観ていることを心強く思っていることがそれぞれが語る言葉の端々から感じられた。

 


17:40- GEZAN @RED MARQUEE

初めてのGEZAN。サウンドチェックの最後にぞろぞろとステージに現れたのは、聖歌隊のように並ぶたくさんのコーラスメンバー。ライブを無事にやり遂げるという観点ではメンバーを絞った方が無難だと思うんだけど、そもそも目指しているところが違うんだろうな…とライブ前から圧倒される。そして本番がスタートすると、マヒトは巨大なマンモスのような被り物をかぶって登場し、爆発的なダブ処理が加えられた、総勢20名によるノンストップのトライバルビートに合わせて歌い踊り、煽る。まるで獰猛なライオンキングのような世界。不測の事態を警戒して会場最後方にいた私だが、傑作「狂(KLUE)」の身体的快感をさらにバージョンアップさせた狂乱の坩堝に叩き込まれ、一瞬で心のヒューズが飛んでしまった。後半になって降り出した大雨を避けるために人がたくさん流れ込んできたためマーキーを脱出してしまったけど、ものすごい体験をしたという実感がある。

 

マーキー脱出後、GEZANで踊る私の背中を会場の外から眺めていた同行者に「なんでまだそんな元気なの?身体の中になんか入ってるの?ヤバくない?」と言われて恥ずかしくなった。

グリーンステージ前で休憩していると、忌野清志郎トリビュートステージが始まった。メインステージのトリ前でこの企画はちょっと内向きがすぎないか、と思ったりもしたけど、ステージに立つクリス・ペプラーを目撃できてちょっと嬉しかった。生クリペプ、ダンディーだったな…。そしてエセタイマーズとして登場したGotch(に似た人)が「(Twitterでの批判を受けて)ここに来るまで、もう今日で死んでもいいっていう気持ちになっていた」と言葉を詰まらせながら語り出して、そんなに大変なことになっていたのかと驚くと共に、今日もずーっと頭の中にこびりついている、今自分がここにいることの是非について改めて考えさせられる。私も十字架を背負ってる以上えらそうなことは言えないけど、政府がコロナ感染対策に失敗したツケを、特定の産業・職業の人だけ払わせることが本当に正しいことなのか、こうした個別のイシューに国民の議論が集中することによって、もっと根本的な問題への関心が薄れてしまうのではないかという疑問を抱かずにはいられない。そしてGotch氏のミュージシャンとしての、あるいは一人の社会人としての責任を果たそうという姿勢に対する敬意は1ミリも揺らがないですよ、と言いたい。

それにしても「セブンイレブンで流れている(モンキーズの)曲のカバーを歌った忌野清志郎(に似た人の)バンドのニセモノ」というエセタイマーズのプロフィールを同行者に説明するのはとても大変だった。

 

19:30- CHAI @RED MARQUEE

マーキーに戻ってCHAIサウンドチェックでダフトパンクの「Get Lucky」を演奏してくれるサービス精神よ。そして最初から最後まで完璧にショーアップされた本編は完全にワールドツアー仕様になっていて、日本という呪縛から解放された風通しの良さが、特にこの地獄のような2021年においては頼もしく輝いていた。が、きっとコロナが無ければきっと今頃は世界中でライブしていたんだろうな…と思うととても切ない。それにしてもニューウェーブ、ヒップホップ、テクノにR&Bとスタイルも演奏する楽器も目まぐるしく変えていくのだけれども、やることなすこと全てツボを押さえていくずば抜けたセンスに改めて驚愕。数年前、初めて彼女たちのライブを見た妻が「生まれ変わったらCHAIのメンバーになりたい」と言っていたけど、確かに同じ人類とは思えない、ある種の進化すら感じてしまう。それだけに、フジ出演にあたっての迷いを吐露したシーンは、この人たちも私たちと同じ人間なんだなと胸が詰まった。出演した人、出演しなかった人、全員がここまで追い詰められた要因が、自己責任の一言で片付けられていいとは私には思えない。

 


外に出ると苗場食堂で奇妙礼太郎が歌っていたが、さすがにステージが小さすぎて入場規制。これが最後の食事か・・・としんみりしながらもち豚丼を食べる。めちゃめちゃ美味い。さて次は電気グルーヴ。とうとうここまできたぞ。足腰が最後まで持つのか分からないけど。昨日と同じくステージ後方に陣取る。グリーンステージはどれだけ遠くにいても過不足ないサウンドが聴こえてくるし、モニターも観ることができる。この20年の間に、日本中の至るところで野外フェスが開かれるようになったけど、音響のクオリティという点ではやはりフジロックは凄まじい。そしてステージ前の密集を避けるという意味でも、良い音を広く響かせるというのは有効な策のように思われる。

 

 

 

21:40- 電気グルーヴ@GREEN STAGE

そして待ちに待った電気グルーヴの登場。待ちに待った、というのはもちろんこの三日間のことだけではなく、本来なら19年に行われるライブが瀧の逮捕・起訴、そしてコロナにより2年も延期されてしまったという意味でもある。その間、SMASHも電気を待ち続けたし、電気も仁義を貫いて有観客ライブは開催せずに待ち続けた。フジ数日前にその経緯を記録したトレーラー映像がYouTubeで公開されたのは、改めて両者の絆を確認するという意味があったのだろう。電気をステージに呼び込んだのはもちろんSMASH代表の日高氏。このシーンだけでもグッとくるものがある。

そして誰しもがガチガチに力が入るこのシチュエーションで、巨大なホームランを叩き込んだのがこの日の電気グルーヴだった。あの音と光と映像、そしておっさん同士の濃厚なジャレ合いによって生み出された巨大な多幸感は一体なんだったのか。ライブからしばらく経った今もよく分からないまま、とにかくとんでもないものを全身に浴びたという感覚だけが残っている。

一曲目の「Set You Free」の昇天感あるシンセサイザーとギターサウンド、伸びやかな石野卓球のボーカルが飛び込んできた瞬間から、これはただごとではないぞ…という予感に胸が高鳴る。そして「人間大統領」以降の、ドラムマシンにも気合いというものが宿るのか?と思うほど生命力に溢れたビートと「BBE」に象徴される暴走する言語感覚。同行者から「これがテクノって音楽?」と聞かれたが、私にもさっぱりわかりません。とにかくエレクトロニックでファンキーでビザールなダンスミュージック。しかしこんな音楽は世界中にここにしかないから、名前なんてなくても良いのではないだろうか。

そして「恥ずかしながら帰ってきた」ピエール瀧は、完全にスターだった。数百メートル離れた私からもはっきりと見えるオーラ。「どうだ、カッコいいだろ!電気グルーヴだ!」という卓球のシャウトからも伝わってきたように、会場にいる誰よりもこの二人がこのライブを一番楽しんで、誇らしく思っていることがその源なのかもしれない。そしてこの異常な興奮は配信でも余すことなく伝わっていたのだろう。私が苗場にいることを知っている数少ない友人や家族からガンガンLINEが送られてくる。この共有感がまた私の高揚をドライブさせていく。

そしていよいよ大円団。「レアクティオーン」で繰り返される「日本の若者のすべてがここに集まっています」というフレーズを聴きながら、ライトに照らされたオーディエンスを改めて眺める。美しい。俺はこの光景が観たくてここまで来たんだな…と泣けてくる。2021年夏の日本において、この感情がどれだけ罪深いものかということは分かっているつもりではあるのだけど。あの光景は一生忘れないと思う。

ちなみに2000年のホワイトステージでこの曲を聴いた時、CDでは「東京の若者のすべてが…」というフレーズが「日本の若者の…」に変わっていることにとても感動したのだが、あの伏線が2021年に回収されることになるとは思わなかった。人生…!

 

以上で私のフジロックが終了。

とりあえず無事に終わったという安堵と、もう終わってしまったという寂寥が交錯する。今日はほぼグリーンステージとマーキーから動いていないにも関わらず、歩数は30,000歩超。たぶん踊っていた分もカウントされているのだと思う。アホすぎる。ドロドロの身体を引きずってお風呂に行くと、同じようにくたびれた中年男性がみんなドロドロになった電気グルーヴのTシャツを着ており、戦友よ…という気持ちになった。

 

翌日は朝からテントを畳んで帰宅。

途中エアコンが壊れて高速を窓全開のまま走ったり、疲れのあまりサービスエリアで買った栄養ドリンクをそのままゴミ箱に捨てたり…といったトラブルがあったけどそれはまた別の話。

 

あれから1週間以上が過ぎて、今のところフジロックあるいは湯沢町クラスタが発生したという報告もなく、東京の感染者数も一時よりは減少している。しかしフジロックの影響があったのかなかったのか、その判断を下すにはまだ早いのだろう。

会場内での感染対策について付け加えることはないけど、素人ながらに効果が大きかったと思う施策は、「払い戻しを完全フリーにしたこと」だったのではないか。これにより抗原検査で陽性になった人はもちろん、体調に不安がある人が無理をして来場するというケースは、厳しい社会的な視線と相まってほぼ抑え込めたはず。しかし、会場設営費と出演料という固定費がコストのほとんどを占める音楽イベントにおいて、この施策は自分の財布の底に穴を開けるようなものだ。この恐怖に耐えられる主催者が多くいるとは思えない。そして再び全国に広く発出された緊急事態宣言により、8月後半から9月にかけて予定されたフェスやライブは軒並み中止。フジロックが開催できても、音楽産業全体においては、あくまでも点の話にすぎない。産業維持と感染対策を両立させる公的な支援策が必要だと思う。

 

最後まで感染対策の話ばかりになってしまったけど、こんな状況になる前は、日本全国でフェスが開催されるようになった20年代においても、「フジにまだ魔法はあるのか?」というテーマで文章を書きたいと思っていた。その点について結論だけ書くと、苗場に魔法はたしかに存在した、と言い切ってしまいたい。それはあの外界から完全に隔絶した世界や、唯一無二の最高の音響に加えて、この「特別になってしまったフジロック」に出演することを悩み抜いた上で、それでも検査することを選んだアーティストたちのパフォーマンスに、巨大なエネルギーが宿っていたということでもある。そしてきっと来年以降、パンデミックを乗り越えて開催されるフジロックに出演するアーティストは「いつも通りのフジロック」で演奏できるかけがえのなさを思いっきり体現してくれるのではないだろうか。できることなら私もまたその魔法に触れてみたいと心から思う。