ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

4/4 東郷清丸匚 名古屋公演の記録

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2025年4月4日、トランプが世界をめちゃくちゃにした日、あるいはダーティー・プロジェクターズが新しいアルバムを発表した日。とにかくよく晴れた春の日に、東郷清丸匚が名古屋にやってきた。壊滅的な株価のことも魅力的な新譜のことも会社に積み残してきた仕事のこともいったん後まわしにして、今日はこの楽団のことだけ考えさせてほしい。そんなことを思いながらブラジルコーヒーでレモンスカッシュを飲み、彼らの到着を待っていた。

 

15時半。まだ通常営業中のブラジルコーヒーに膨大な機材を抱えてメンバーたちがやってきた。楽しそうな表情をした総勢11名の大人たち。この圧倒的修学旅行感に触れた瞬間、今日のライブは最高のものになると分かってしまった。老若男女が集うブラジルコーヒーのお客さんの中にメンバーの皆さんが溶け込む光景の美しさ。たぶんずっと忘れないと思う。もちろん、みんなが鉄板ナポリタンに目を輝かせている間も黙々と準備をされていた、PAえみそんさんの背中から漂っていた職人魂も。

それにしてもPA機材、譜面台、各種打楽器を含む物量の多さよ。「素人は楽器に触れてはならぬ」と何かで読んだので余計なことはしないようにと思ったけど、さすがにこれは手伝わざるを得ない。トイレの入口を完全にふさぐ勢いで置かれた荷物の量に、この旅の狂気を感じた。ちなみに今日の清丸氏は早朝神戸から横須賀へ新幹線で移動。そこで借りたハイエースに荷物とメンバーを乗せてここまで運転してきたという。


17時。喫茶店の通常営業が終了。永遠にセッティングが終わらないように思われた山のような機材が手際よく組み立てられ、いよいよリハーサルが始まる。皆さんそれぞれ手練のミュージシャンである。さすがにピリッとした空気になるのかと思いきや、和やかムードは変わらない。しかし最初に音合わせが始まった管楽器パートの音はライブハウスではちょっと聴けないレベルのクオリティ。鳥肌が立つ。なおトランペットの小坂井遥菜さんは本日のみのピンチヒッター。初めましての直後にこんな音が鳴らせるものなのかと驚愕。


10人のバンドのリハなんて想像もつかなかったが、清丸氏が書いた楽譜に基づき、サクサクと進んでいく。彼はまるで有能な顧問の先生のような手際で場を仕切り、メンバーのモチベーションを高め、最高の部活感が醸成されている。その空気がまためちゃくちゃ眩しい。

イベントスタッフの最大にして唯一の特権はリハーサルを観れること。しかしさすがにこの日は贅沢すぎた。特にリハ序盤で「サマタイム」が演奏された時は、『2兆円』からしつこく追いかけ続けている者として、グッとくるものがあった。好きな小説が急に映画として目の前に現れたような鮮やかな驚き。

さらにその場で初めて聴いた二つの(未完のものを合わせると三つ?)新曲がもうめちゃくちゃにカッコよくて、道行くサラリーマンとか客引きの兄ちゃんを店内に引きずりこんで聞かせたくなる。こんな音楽を俺がひとりじめしていいのか、早くみんな来てくれ…と謎の後ろめたさと焦りを感じつつ、客席後方で涙をこらえながら身体を揺らしていた。さぞかし気味が悪かったと思う。申し訳ない。一応何かトラブル(忘れものとか)があった時のために待機していたつもりなのに、見事に何もなかった。

開場ギリギリまでリハは続いたけど、最後まで緊迫感はなし。むしろこのメンバーと演奏するのが楽しいからもっとやりたいという雰囲気。音楽家としての技術の高さとモチベーションの高さが組み合わされた最高のヴァイブス。開演直前に客席であんなにくつろいでいる出演者を観たのははじめてだ。

 

19時、予定通りに開場。

この日はおかげさまでソールドアウト。私にとって初めての経験。めちゃくちゃ嬉しい反面、1人でも多くの人に見てほしいし、少しでも収支を良くしたいし、でもお客さんに窮屈な思いはさせたくないし…と当日の朝まで当日券を出すかどうか悩む。が、すでに予約してくれた方の快適性を優先して出さないことにした。結果としてはもうちょっと入れたかも、という感じだったので、私の判断はちょっと甘かった。

 


20時、オンタイムで開演。

「ヨ性」でお風呂の適温を確かめるように始まり、新曲「Calling」「サマタイム」「ヤ性」の疾風のようなグルーヴで、会場の感情がいきなり昂るのを感じる。「こういうのを期待してたけど期待以上すぎるだろ」という感じ。中でもブラジルコーヒーで感じる「Calling」の中南米からの風に、GUIROを思い出した人もいるんじゃないか。「僕の仕事はさっきまでで終わり。今からは遊びの時間です」と宣言した清丸氏も幸せそう。演奏に導かれて、歌そのものが開かれていくような感じがある。

匚の演奏は去年の10月に配信されたwww公演をはじめ、音源では聴き込んできたつもりだったけど、メンバーがこんなに楽しそうに演奏するということは実際に観てみないと分からないこと。このムードはもはや音楽の一部。特にパーカッションの富田真以子さんとサックスの本藤美咲さんの笑顔は、この音楽の楽しみ方を私たちに教えてくれているようだった。

匚という楽団がどういうものであるかは、ツアーの物販で売られていた「匚のてびき」で清丸先生自らが完璧に説明しているので、あまり付け加えることはない。それを私なりに要約すると、東郷清丸の頭の中を楽譜という形で出力し、それを最高のミュージシャンたちが完璧な立体に仕上げていく集団であるということ。しかしその完璧な立体は、例えばJ Bや達郎のようにそれ自体が崇高な目的とされているのではなく、あくまでも10人のプレーヤーが合奏を楽しみきった末の結果である、ということが重要。このユニークな成り立ちが、他の音楽と全然違う!という印象として聴く側に伝わるのだろう。

もうちょい蛇足を加えると、彼らのサウンドはダーティー・プロジェクターズのフォーマットにブルーノ・ペルナーダスの風通しの良さ、テーム・インパラやアンノウン・モータル・オーケストラの快楽性を持ち込んで日本的に咀嚼した音楽…なんて感じの因数分解もできるのかもしれない。そのインプットとアウトプットの加工貿易的構造は、はっぴいえんどからフリッパーズceroに至るまで脈々と受け継がれるニッポンのポップミュージックの正史に連なるものと言えなくもない。ただ東郷清丸の場合、その咀嚼の仕方が少し違うというか、海外の音楽をスタジオで研究しましたという感じではなく、小豆島の自宅に招き、一緒にご飯を食べて海を眺めて昼寝をして…という暮らしを数年間続けたかのような、いわば親密な跡形のなさがある。この日着ていた衣装は大島紬を使って自分で作ったそうだし、毎朝パンを手づくりしているとも言っていた。音楽と日々の営みが同じ位置にある人にしか鳴らせない音、ということなのだろう。縦糸と横糸が自在に絡み合っていくような「ラ」、あの世からご先祖様が顔を出してきそうな「炭坑節」のグルーヴに身を任せながらそんなことを考えた。

楽しい時間はあっという間にすぎて、終盤に突入。いくつものコーラスが森の中でこだまするような新曲を経て、ポップスター期の東郷清丸を代表する一曲「L&V」のイントロが鳴り出す。2019年から6年…!と感慨にふけりそうになるが、この曲では天井のミラーボールを回すことになっていた。「楽しすぎて酒飲んじゃったよ〜」というブラジル店主ツノダさんに「今、今です!」と伝えてスイッチオンしてもらう。もしこの日のライブ音源が出るとしたら、興奮したツノダさんの「清丸〜!!」というシャウトも収録してほしい。

本編クライマックスは、東郷清丸インディペンデント期の代表曲「明日への讃歌」。この曲はいつどんなアレンジで聴いても涙ぐんじゃうけど、やはり今日は格別。三人家族を乗せた馬車が広い大地をテクテクと進んでいく光景が見えてくるようなブルーグラスのリズム。うちの妻は「自分の夫がこの曲を歌ったならば、あらゆる苦労も許せるだろう」と言っていた。

そして21時半。アンコールの「ゆくゆくソング」で楽しい演奏会は終わった。終わってしまった。

 

この余韻の中で一晩中メンバーの皆さん、お客さんと語り合いたい気持ちだったけど、なんとバンドはこのまま神戸まで夜走り。素早く撤収しなければならない。バタバタと精算して、膨大な荷物を車に詰め込む。もし万が一、清丸先生の身に何かあったら私が運転しようとビールを飲まずにいたのだけど大丈夫そう。どさくさにまぎれてハイエースに乗り込みたい気持ちをぐっとこらえて皆さんとお別れ。深夜バスで追いかけようと思ったけど空席がなかった。もうめちゃくちゃさびしくて、また絶対来てくださいね、なんて言ってしまったけど、今回の名古屋ライブは清丸氏の気力、体力、財力を削りまくったハードワークとメンバーの皆さんの献身、そしてブラジルコーヒーの協力を含めたいくつもの僥倖が重なって実現したもの。「また」なんて軽々しく言えるものではない。でも、必ずどこかで会いましょう。どんな形であっても。


フライヤーを作ったりインタビューさせてもらったり、去年の年末からずっと楽しみにしていた一日だったので、翌日は文字通りの抜け殻に。インスタで楽団の行方を追いかけながら、記憶の海に溺れていた。冷静に考えてみると一瞬しか同じ時間を過ごしていないのだけど。でも、この感覚はあのライブを観た人なら理解してくれるんじゃないか。

そんな匚ロスの中で迎えた日曜日の午後、突然インスタでツアー最終日・小豆島公演のライブ配信が流れてきた。なんて嬉しいプレゼント。駆け込んだファミレスでじっと鑑賞。島民に熱く愛されている清丸の姿に涙。子供たちがステージに上がり匚V5になっている姿に涙。そしてライブ終演後の餅投げに巻き込まれる姿に爆笑しながら、最高の週末が終わった。

 

もしこの文章を最後まで読んでくれている奇特な人がいたら、お伝えしたいことは一つ。もし次があるなら必ずぜひ、ということだけ。きっとOnce in a life time の体験になるはず。