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ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

Video tape music奇譚 「存在しない映像の世界について」

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すでにその役割を終えて久しいビデオホームシステム、略してVHSは、約30年に亘るそのライフサイクルにおいて、9億台のデッキと300億本のテープが生産されたとされている。

そんな人類の残した膨大な遺産(正か負は知らない)のコラージュによって音楽と映像を制作するVideotape musicというアーティストのライブに足を運んだ。

しかし、生暖かい長雨やら休日出勤やらごった返す人混みなどにより、会場のLounge Vioにたどり着く頃には私の体力は相当に減退し、おまけにちょっとトイレに行ってる隙に私の椅子が美女を連れた「髪の毛ピッチリ撫でつけ男」に取られていたりもしたわけで、やっぱりこんなお洒落空間にくるべきではなかったぜガッデムと生来の人格の小ささを露呈する事態に及び、DJがかけるラテン音楽を聴きながら、会場の隅で缶ビールを一人あおっていた。


そんな私であるのだが、ビデオテープ氏の前に演奏を披露したTuckerの一人多重録音の鮮やかさには、子供のように純粋で大きな驚きを感じた。

ドラム、ベース、ギターにエレクトーンといった一般的な楽器はもとより、テルミンCDJ、一斗缶など特殊な機材や部材、さらには髭や毛髪までも駆使しながらファンキーミュージックを野菜炒めのように手際よく作り上げていく姿はまさに超人。

ライブのクライマックスでエレクトーンに放った火柱は、KISSやX JAPANのような命がけのカリカチュアであると同時に、アジアのネオン街に宿る生命力と妖しさの象徴にも感じられ、"世界各国の夜"というこの夜のテーマを浮き立たさせる素晴らしいパフォーマンスであった。


そんな熱演とアルコール、更には開演前に飲んだレッドブルの効果により、先ほどから感じていた不快指数も幾分和らいだところで本日の主役・Video tape musicが登場。

ビデオ氏本人が弾くピアニカに、パーカッション、トランペット、バリトンサックス(全員 from 思い出野郎Aチーム)が加わるという変則的な4ピース。

バックトラックに合わせて演奏をするという構造上、スリル1000%のTuckerに比べてしまうと即興性という点においてはハンデがあるわけだが、それを補って余りある存在感を放つのが、スクリーンいっぱいに映り出される、音楽に合わせて制作された映像の数々。

アナログテープ特有の不鮮明ながらも懐かしい質感。
すでに役割を終えた300億本のVHSからビデオ氏に見つけ出され、切り取られ、新たな命が吹き込まれた過去の時間の記録。
そしてそれらを彩る無国籍なサウンドトラックのような演奏が、聴き手を心地よく異世界に誘う。
 
アジアの雨季を思わせる夜に、Lounge vioという少しあやしげな地下のフロアで披露されるのにふさわしい音楽である。
私は当初の疲労感などすっかり忘れ、心地よい満足感と共に会場を後にして、地下鉄の駅へと向かった。


しかしその道すがら、私はあることに気づいた。
それは、ビデオ氏のパフォーマンスの裏側に存在する、300億本のテープの99.999%を占めるであろう「誰にも(ビデオ氏にも)見つけ出されることのなかった映像」の物語である。

そこに記録された、膨大な量の地球上の営みと、それに付随する喜怒哀楽は、テープの廃棄と共に全てが無に帰してしまうのであろうか。
それぞれのテープに焼き付けられ、閉じ込められた120分が完全に消滅してしまうということがあり得るのだろうか。
たとえテープという物質が消えたとしても、「見つけ出されなかった映像」の形而上的世界が、この宇宙のどこかに存在していると考える方が、今日のライブを観た後では、自然なことのように思えてくる。

そんなことをボンヤリと考えながら新栄町駅の改札を通り、階段を降りていくとそこに地下鉄のホームは存在せず、暗闇の中で椅子に座り、向かいに座る女性を口説き続ける髪の毛をピッタリ撫でつけた男の姿が。

予期せぬ事態にいささか混乱する私の目の前に、スポットライトの点灯と共に闇から現れたビデオ氏が、なにやらピアニカを吹き始めるのだが、音声がミュートされているようで、その旋律を一切聴くことができない。
そしてその隣ではTuckerが線路に油をまき火を放っている。


やれやれ。
やはり存在したのだ。
「見つけられなかった映像の世界」というものが。

たちまち周囲を埋め尽くす炎の中、冷静を取り戻した私は、自宅のパソコンの中に残してきてしまった秘密のフォルダのことを思い出し、どうせならあちらの映像の世界に迷い込んでみたかったものだと思いつつ、そっと目を閉じた。