ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

夏の終わりの課題図書 サニーデイ・サービス、北沢夏音著「青春狂走曲」の感想文

f:id:dreamy_policeman:20170919200633j:image
今、目の前にはとうの昔に読み終わり、付箋が貼られまくった「青春狂走曲」が置いてある。
その感想をなんとか文章にまとめようとしているのだけれども、どうにもうまくいかないので、とりとめなく順番に書いていこうと思います。


まず、著者である北沢夏音氏について。

私が北沢氏のことを自分にとって特別な書き手として認識したのは例によってものすごく遅く、クイックジャパン山下達郎インタビュー。今から12年前くらい。

達郎御大が怒り出すんじゃないかと心配になるほど、自らの達郎に対する積年の思いを臆することなくぶつけることによって引き出された金言の数々。両者ががっぷり四つに組んだ言葉の応酬を、手に汗握りながら何度も読み返したことを覚えている。

 北沢氏の文章やインタビューは、もはやそれ自体がロックンロール的な匂いがして、音楽の深みにはまることの素晴らしさとある種の危うさを教えてくれるのだ。

 

そして本書の冒頭を飾るコラムのタイトルは「君に捧げる青春の風景」。
これぞ北沢夏音というべき、濃厚な愛が詰まった一行が目に入った瞬間、後に続く400ページ余りの充実ぶりを確信した。

 


この本は1995年から2017年、ファーストアルバム「若者たち」から最新作「POPCORN BALLADS」が発表されるまでの期間に行われたインタビューを中心に構成されている。
曽我部恵一、田中貴、丸山晴茂のこれだけまとまった肉声を読むのは初めてのこと。

 サニーデイ・サービスというバンドの裏側にどんなストーリーがあって、なぜいつまでも私を含めた多くのリスナーの胸を打つのか、その手がかりがこれでもかというほどに盛り込まれている(ちなみに2000年に解散を決めた瞬間も3人の口から克明に語られている。それぞれの記憶が少しずつ違っているところが生々しかった)。

 

 

語り出せばキリがない山のようなエピソードから印象に残ったものを一つあげると、曽我部恵一が再結成後のリハーサルで、ベースの田中貴に、「俺はこの曲をやるとき、当時付き合ってた彼女のこと思い出して歌ってる。楽しかったりケンカしたり。おまえもそういう気持ちで弾いてくれ」と詰め寄ったという話。

サニーデイのライブで見る曽我部恵一は、ソカバンともソロの時とも違う、何か大きなものに身を捧げるような雰囲気をまとっていると思っていたのだけど、こういうことだったのか、と深く納得した。
そしてあれだけのキャリアと力量を持つミュージシャンが、今なおリハーサルから全身全霊の演奏しているという事実。
「曽我部と一緒にバンドをやるのは過酷。あそこまで突き詰めるミュージシャンはいない」という田中貴の言葉とも重なって、あの圧倒的なパフォーマンスを生み出すためのエネルギーの大きさに、めまいがしそうな思いがした。

 

この、ロックバンドを続けていくために必要な音楽的、ビジネス的、精神的エネルギーの膨大さ。そこから得られる対価とリスクを考えれば、とてもまともなオトナのやることではない(あれだけ売れていたMIDI時代の月給は最大でも18万だったらしい)。
ロックバンドとは、もはやそれ自体が作品のようなものなのだということを思い知らされる。

 

にも関わらず、「Dance to you」発表時のインタビューで曽我部恵一

「もうサニーデイ以外の活動はしない。自分のすべてをサニーデイに注ぎ込むことにきめた」

と、これからの覚悟を語っていて、ファンとしてはこんなに嬉しい言葉もないわけだけれども、その道の険しさを想像すると、バンドが存在する間に、彼らがもたらしてくれる興奮と喜びを思いっきり吸い込まなければならない、とも思う。


後半には「第四のサニーデイ」ことアートディレクターの小田島等氏のインタビューも収録。
小田島氏によるアートワークを語ることは、サニーデイ・サービスというバンドの本質に迫ることと同義だと思っていた私としては、この点をしっかりと北沢氏が掘り下げてくれたことが嬉しかった。
「若者たち」「東京」あるいは「Dance to you」。これらのアルバムジャケットが、もしも凡庸なものだったとしたら、サニーデイディスコグラフィーに対する評価も、もしかしたから音楽自体も、違うものになっていだろう。

サニーデイ・サービスがつくりあげる音の世界を、目に見えるものや手に触れられるものへと拡張してきた小田島氏。
3.11以降に大阪へ移り住んでいた彼が東京に戻ってきたのが2014年で、そこからサニーデイの作品とライブが別次元に突入していったのは果たしてただの偶然なのだろうか。
小田島等こそが、曽我部恵一というアーティストにとって唯一のプロデューサーなのかもしれない、なんてことを愛と批評性にあふれた彼の言葉を読みながら思ってしまった。


そして小田島氏の「ある作家や作品にハマると、それを自分のことのように考えてしまう」という言葉を噛みしめつつ、俺は過去のどの時期よりも、今(NOW!)のサニーデイの音楽が一番好きなんだよな、と思っているところだ。

 

 

 

 

台風クラブ、スカート、曽我部恵一「Groomy Saturday」に行ってきました

f:id:dreamy_policeman:20170908073544j:image 

台風クラブ、スカート、そして曽我部恵一

ワタシのリスナー人生の今を象徴するような3組が出演するライブを観に行ってまいりました。

 

この三組に共通するものを一言で表すなら、日本のポップミュージック史の重みを「背負っている」ということ、ではないかと思っている。

 

パンクにマンチェ、はっぴいえんどフリッパーズギターという洋邦の音楽的遺産をバックグラウンド(あるいはトラウマ)にしてデビューし、自らその歴史を更新し続けている曽我部恵一

同じく、はっぴいえんど山下達郎はもちろんのこと、サニーデイ以降の日本のポップミュージックの最良を凝縮した音楽を作り続けるスカート澤部渡。

そして、遅咲きのファーストアルバムのリリース直後にして、すでに伝説になっている感すらある台風クラブもまた、京都の、日本のロックンロールの豊潤すぎる土壌から生まれ落ちたバンドと言えるわけで。

 

この三者が一同に集い、演奏する。
しかも会場は老舗・磔磔、オーガナイザーはその愛あるペンでシーンを支えてきたライター・岡村詩野さん。

 

ワタシがどんな手段を尽くしてもこの夜に立ち会いたいと思うのは必然だったわけですよ…。

 

ほぼ満員の会場でトップバッターをつとめるのは台風クラブ


ライブを観るの三回目なんだけれども、ステージに現れた瞬間から、いつものどこか居心地の悪そうな表情ではなく、この特別な緊張感の中で、とにかくやるしかない!という気合がみなぎった感じが遠目にも伝わってくる。

一曲目は「春は昔」。

そこから「処暑」「ずる休み」と、ファーストにして名盤「初期の台風クラブ」からの楽曲が続く。

ラウドだけど端正、どん詰まってるのに突風が吹きぬけるような解放感。アクセル踏みすぎて空転したタイヤから煙が出る感じも最高。魔法のロックンロールは今日も勢力を増したままライブハウスを転がり回る。

そしてこの日の瞬間最大風速は、やはり「飛・び・た・い」からの「台風銀座」の流れ。

吹っ切れたような伊奈昌宏のドラムと洒脱に跳ねる山本啓太のベース。そして万感をぶち込んだような石塚淳のギターリフ。
俺の心の中はまさに、吹けよ風、呼べよ嵐状態。
そしてその勢いのまま最後は日本語ロックの殿堂入り間違いなしの名曲「まつりのあと」でシメ。

こうして晩夏の台風はあっという間に通りすぎていった…と思ったところにスペシャルサプライズ!

曽我部恵一をゲストに呼び込んでのサニーデイ・サービス「御機嫌いかが?」。

一番のコーラスを石塚淳が歌い始めた瞬間、1995年のサニーデイサービス、2017年の台風クラブ、巨大な円環が繋がったような気がして、ビリッときた。
そしてステージの上の曽我部恵一が、ニコリともせずに演奏していたのも最高にカッコよかった。ステージに上がれば先輩も後輩もない真剣勝負なんだぜ、と背中で語っているようで。

のっけからいいものを見せて頂きました・・・。


続いてはその曽我部恵一がギター一本で登場。

一曲目は曽我部恵一バンドの「ソングフォーシェルター」。
サニーデイ・サービスやアズテックカメラの歌詞を引用しながら、ミュージシャンとしての自分の来し方を激しく自問するような圧巻のブルーズ。
しかしサビの「坊や、そっちはどうだい」というフレーズはこの日は若い二組のアーティストにも(もちろん観客の一人ひとりにも)向けられていたような気がしてちょっと震えた。

この日の曽我部恵一は、MCを含めた緩急のつけ方というか、アーティストととしての振り幅がすごかったように思う。

出会い頭の一発で表現者としての凄みを見せつけた後は、19年前のこの日にリリースされたサニーデイ・サービスの名曲「今日を生きよう」、そして「あじさい」でオーディエンスを甘酸っぱい青春のど真ん中に連れていき、プライベートなMCで笑いの坩堝に落とす。

そうかと思えば「キラキラ」や「満員電車は走る」では喉も潰れんばかりのシャウトでまたしても度肝を抜き、「大人になんかならないで」ではたまらなく純度の高い愛で心を焦がしてくる。

この人のライブを見るたびに、ミュージシャンが、音楽が、表現できることの幅広さ、果てしなさを見せつけられるような気分になって呆然としてしまう。

振り回されっぱなしの数十分、素晴らしかった。


そしてトリをつとめるのは、澤部渡率いるスカート。
台風クラブ曽我部恵一が温めまくったライブハウスの空気はいわば甲子園9回裏サヨナラのチャンスのような高揚感とプレッシャー。

いやしかし見事にやってくれましたよ、澤部選手。

磔磔の素晴らしい音響も相まって、歌も演奏も繊細にして揺るぎのない、今までで最高のパフォーマンスだったと言ってもいいんじゃないんでしょうか。

「暗い歌を一曲」という言葉と共に最初に演奏されたのは、台風クラブ石塚氏が愛してやまないというスカートの記念すべきファーストアルバムの冒頭を飾る「ハル」。

この「暗さに愛されてしまった天才」というところが澤部、石塚というソングライター二人の共通点なのかもれないな、としみじみしているところに畳み掛けられる「ストーリー」「おばけのピアノ」というキュン死必至の名曲たち。

この日のセットリストは、デビューからの時系列に並べたという、スカートの軌跡を辿るベストオブベスト。

メジャーデビュー直前のこのタイミング、このメンツのイベントで、こういうセットリストを組むところにも、澤部氏がこの日のライブをいかに特別なものと捉えているかがわかるというもの。
その大きな背中で、もっと大きな何かを背負ってしまうところ、大好きです。

MCで台風クラブとのなれそめ(俺と同じココナッツディスク吉祥寺で買ったCD-R!)やインディーデビュー以来の曽我部恵一との縁を語り、「だから今日は今日はエモいんです。みんなが思っている以上に」と言い切った後に披露された「CALL」。
イントロのギターの温度の高さに泣けたし、いつもより回数多めでキメていたシャウトも曽我部恵一の魂が乗り移ったかのようにソウルフルで男前だった。

そしてセットリストの後半は来たるアルバム「20/20」からの曲が並ぶ。
特にアンコールに披露した最後の「さよなら!さよなら!」の突き抜けたポップぶりよ。
どこまで飛距離が伸びるのか、リリースが今からとても楽しみなのである。

 


そんなこんなで21時きっかりにライブ全て終了。
なんだか自分がここにいることも現実とは思えない、夢のような時間であった。

 

京都滞在時間、わずか4時間。30代最後の夏、やりきった感あるな…と涼しくなってきた空気の中、新幹線に飛び乗りました。

 

 

 

 

2017年8月27日 日比谷野外大音楽堂 サニーデイ・サービス サマーライブ2017

f:id:dreamy_policeman:20170829210815j:image

 先週の雨天続きが嘘のように晴れ上がった空の下で開催された、サニーデイ・サービス19年ぶりの野音ライブに行ってきた。

 

19年ぶりと言っても、98年も97年のライブも観ていないので、私にとって野音サニーデイを観るのは初めてのことになる。

 

ちなみに私が野音に来たのは今回で二度目。

前回は東京No.1ソウルセットのワンマンライブ。しかしこれも99年の話なので、まあやっぱり20年近く前の話。

あの時ステージの背後にそびえ立っていた旧長銀の本店ビルも無くなってしまった。

 


開場前から集まった満員のファンは、私よりもだいぶ歳上の人達から、同世代の子連れの家族、そして10代くらいに見える若者まで幅広い。
サニーデイ・サービスが長く愛され、また今もなお新しいリスナーを獲得し続けているバントであることの表れだろう。

 


蝉の鳴き声の中、まだ陽も高い定刻17時ちょうどにライブがスタート。

 

一曲目は「今日を生きよう」。
久々に会った友達に挨拶をするような、カジュアルだけど心のこもった演奏。
そこから「素敵じゃないか」「あじさい」といった初期の代表曲、そして「8月の息子」「江ノ島」「さよなら!街の恋人たち」のように夏の夕方にふさわしい曲が続く。夏をテーマにした名曲だけでこれだけの量があるということが信じられない。

 

そしてそんな楽曲たちを、大都会のオアシスとも言うべきロケーションで、3,000人ものサニーデイを愛してやまない人たちと共有している光景の美しさ。

 

しかし一方で、強欲なヘビーリスナーである私は、今のサニーデイ・サービスが、会場ごとどこか遠くへ連れ去る魔法のようなロックンロールを鳴らすバンドであることを知っている。今日はまだそのモードには入っていないように思われた。


そのスイッチが入ったと感じたのは、ちょうど真ん中あたりで演奏された「海へ出た夏の旅」。

 

新サポートメンバー・岡山健二によるドラムが印象的で、少しアブストラクトなアレンジに、会場にいる蝉の鳴き声が重なった瞬間、自分が松林の向こうの静かな海に連れて来られたような感覚に襲われ、視界が眩む。

 

それに続くのは「Dance to you 」のリリース以降、常にライブで更新され続けてきた「セツナ」の熱狂。

ロックンロールというマグマの一番温度の高いところを素手で掴むような演奏に、老若男女が集う客席もこの日一番の歓声で応える。

ほぼ最新作からの楽曲で、これだけ盛り上げるキャリア20年以上のバンドなんて、世界中のどこにもいないんじゃないか。
直後に演奏された「白い恋人」が放つ、逆に20年前に作られたとは思えない、フレッシュでまばゆい光を浴びながら、心と頭が混沌としていくのを感じた。

 

この三曲の流れが、私にとってこの日最初のピークにして、異次元への入口だった。

 


しかし、どうしようもなく強欲な私は、俄然熱を帯びていくライブの中にあってもなお、あの最新作にして傑作「Popcorn ballads」からの楽曲がまだ披露されていないということが気になっていた。
フジロックでは「街角のファンク」をC.O.S.AとKID FRESINOを迎えてぶちかましたと聞くし。

 

でも今日はなんだかそんな流れでもないみたいだな…と思っていたところでついに披露された「花火」。
ナイアガラのウォールオブサウンドのように華やかなアレンジ、雄大なメロディと歌詞がマジックアワーの夜空に吸い込まれていく様が美しすぎて、1コーラス目のサビの時点で涙を拭うのを諦めた(いろいろ書いてるけど、新井先輩のギターが素晴らしかった「96粒の涙」の時点でとっくに涙腺は崩壊していたのだ)。


そしていよいよ本編も終盤。
ちょうど空が真っ暗になったところで演奏された「時計を止めて夜待てば」、そして「24時のブルース」。

静かなメロウネスとささやかな悲しみを湛えたブルーズが、会場にいる小さな子供たちの声やオフィスビルの窓の明かりと重なり、都市のための子守歌のように響く。高野勲が弾くメロトロンによるひんやりとした寂寥感が心地よい。

この曲をこの場所で聴けるなんて…と感慨に耽っていたところに鳴り出したのは「週末」のイントロ。
個人的には99年のライジングサン以来の再会。夏の夜に溶けてしまいそうな儚いメロディはあの時のまま。

 

でも、

 

「ゆっくりと だけど確かに おだやかに時は過ぎる
気づいたらもうこんなところなんて 僕なんか思ってしまう」

 

というサビが、20年前のあの日とはまったく違う意味を帯びていることに気づき、また泣けた。泣けすぎて、もう「サマーソルジャー」ではステージを直視することができなかった。
OFTで聴いた時は「これはいつかみんなでシンガロンしたいぜ」とか思ってたけど全然無理。歌えなかった。

 

そして本編ラストは「海岸行き」。

ここまでの3曲はアルバム「愛と笑いの夜」とまさに同じ曲順。そうか、ちょうどリリースから20年だったのか…と今さらながらに、この日のセットリストの意図に気づく。

でもそうしたメッセージは別としても、この愛すべき、さりげない曲で、集大成とも言うべき特別なライブを締めてしまうほど底知れない表現力が、この日のサニーデイサービスには宿っていた。

 

 

本編が終わり、急いでトイレで顔を洗い、ビールを飲んで、心を落ち着かせてからアンコールに臨む。


本編で感情を大開放してしまったので、もうあとは楽しむだけ。
同じく「愛と笑いの夜」からの「忘れてしまおう」、「夜のメロディ」「青春狂走曲」。

再結成前の代表曲連発に、もうメチャメチャ盛り上がった。

 

特に「忘れてしまおう」をライブで聴くのは初めてだったけど、なんというカッコよさ。「愛と笑いの夜」における曽我部恵一はモーニンググローリー期のノエル・ギャラガーとタメを張るソングライターだったんだね…とこれまた今さらながらに。


鳴り止まない拍手の中で登場した2回目のアンコールは「胸いっぱい」と、丸山晴茂がドラムを担当した現時点で最後のアルバム「Sunny」から「One day」。

 

「静かな海辺のような風景 ときどきそこにみんな集まる
知らず知らず吸い寄せられる 何も喋らずにただ涙を乾かす風を待つ」

 

という歌詞に、今日この場にいることができた幸運、サニーデイ・サービスというバンドを追いかけてこれた幸せを噛みしめた。


またいつか、ここで会いましょう。

 

 

 

ーお知らせー

①私も寄稿させて頂いたZine「Something on my mind」が発行されました。

今回の特集はずばり「渋谷系」。渋谷系はもちろん、日本のネオアコ・ギーターポップ、シューゲイザーと10年代の名盤ディスクレビューに加えて、伝説のネオアコバンドPhilipsのインタビューまで盛りだくさんの内容で500円。

ココナッツディスク池袋をはじめ、都内レコード店を中心に順次販売されていますので、ぜひ読んでみてください。

(詳しくはまたお知らせします)

f:id:dreamy_policeman:20170829214337j:image

 

②またまたパーティーやります。

 9月16日(土)新安城カゼノイチで「KENNEDY!!!! VOL.3」を開催します。私もDJとして参加。お近くの方はぜひ遊びにきてください。

 

 

 

弾ける炭酸のような。 Lee&Small mountainsのライブを観た話

f:id:dreamy_policeman:20170820084124j:image 

Lee & Small mountains(以下、リースモと略します)を初めて聴いたのは、今年の春、大須のレコードショップZOOで偶然手にした7インチがきっかけ。

 

A面「Teleport city」の大通りの真ん中を疾走するような開放感、B面「山の中で踊りましょう」の本物のソウルを感じさせる渋い演奏と清涼感のあるボーカルのギャップに、これは聴いたことのないポップソングだ!(強いて言えば)現代のRCサクセション、あるいはヘアカット100なんじゃないか、と一人密かに盛り上がり、ライブを見る日を心待ちにしていた。


そんなリースモが名古屋に初登場。
しかも毎年恒例ワールドビアサミットでのフリーライブだというので会社を休んで駆けつけた。

 

火曜日の17時スタートという悪条件のせいでお客さんの数はかなり厳しいものがあったけれども、内なるソウル、ロックンロールを爆発させる若きソウルボーイ、リー・ファンデ君の魅力が伝わってくるライブだった。

 

決してマッチョでも技巧的でもない歌声なんだけど、その一挙手一投足から目が離せない、心を熱くさせるパッションがあるのです。

 

 

そんなことを考えながら1月にローズレコードからリリースされたアルバム「カーテン・ナイツ」を聴いてみると、彼の書く歌詞には「知りたい」「わからない」「学ぶ」という単語が多く出てくることに気づく。

 

これらの言葉に象徴される、音楽や人生、そしてあなたが内包する謎に、知ったふりせず、正面からぶつかろうとするアティテュード。未完成だからこその瑞々しさ。

 

これが私を含めた聴き手はもちろん、アルバム制作に「監修」として名を連ねた曽我部恵一のような手練のミュージシャンの心をも掴んでいる、根底にあるものなのだろう。


Lee & Small mountainsのパチパチと弾ける炭酸水のようなグッドミュージック。

一人でも多くの人と分かち合いたいと思う今日この頃なのです。

 

www.youtube.com

梯久美子著「狂うひと」を読みました

f:id:dreamy_policeman:20170813160216j:image

 

植本一子がおすすめしていた(たしか)という安易な理由で読み始めた梯久美子著「狂うひと」。

 

島尾敏雄・ミホ夫妻の生涯を描いたドキュメンタリーであるのだが、あの「かなわない」をはるかに上回る、650ページ以上というボリュームにまず圧倒される。


こんな分厚い本とても読めるわけないと思ったものの、結局最初から最後まで、手に汗握りながら一気に読んでしまった。


奄美に着任した特攻隊長と、島に住む名士の娘の大恋愛。
その夢から覚めさせる戦後の現実と、夫の不倫により正気を失う妻。贖罪のために自分の全てを捧げる夫。

 

その過程を記録した島尾敏雄の小説「死の棘」によって二人は文学史に残るアイコン的存在になっていくわけだけれども、そこには尊い愛だけでは割切ることのできない現実的事情や打算が潜んでいたことを明らかにしていく。

 

そう書くとなにやらスキャンダラスな匂いが漂ってしまうのだが、これぞまさにプロの仕事と言うべき長年にわたる綿密な取材と冷静な筆致によって、一切の憶測は排除され、島尾夫妻の人間像が、公平かつ立体的に浮かび上がっている。

 

そして彼らの深すぎる業を、彼岸のこととしてやり過ごすことを許さないほどの近さで突きつけられた読み手である私もまた、否応なしに自分の人生を省みることを要求されるのです。


ただひたすらに平坦でまっすぐな道を整え、そこを淡々と歩むことを目的としたような私の人生。別の世界に繋がる穴にはすべて蓋をしなければならない。

 

果たして、その蓋を開けないまま死んでいくことが、幸せな人生というものなんだろうか。
自分でもコントロールできない何かに振り回されることこそが、生きるということなんじゃないか。


そんな愚かで浅薄、かつ甘美な誘惑にかられたりもするわけです、たまには。

 

しかし少なくとも、その蓋を外した人だけがつくり出すことができる世界が存在すること、それが俺の人生に大いなる驚きと喜びをもたらしてくれていることだけは確信を持って言える。

 

つまり人のセックスを笑ってはいけない。すべての愚行と倒錯に(まずは)リスペクトを。

 

 

 

サニーデイ・サービスの衝撃作「Popcorn ballads」のあれから

f:id:dreamy_policeman:20170727233114j:image

サニーデイ・サービスの衝撃作「Popcorn ballads」が突然リリースされてから二ヶ月が経つが、依然として私のプレイリストの最上位に鎮座し続けている。


当初は、(リリース当日に全曲レビューを書いてしまうほど)それぞれの楽曲の、あるいはリリース方法の斬新さに心を奪われてしまい、アルバムを通じてのストーリーまでは考えることができなかった。


しかし何度も聴き直しているうちに、ふとこれは壮大なコンセプトアルバムなのでは…と気づく瞬間があった。

 

その時も興奮を世に問うべく、一気にツイートしてみたわけだけれども、当然何事もなかったようにタイムラインのはるか彼方へと追いやられてしまったので、改めてここに記しておきたい。

 

 


私が閃いた仮説。

それはこの全22曲に及ぶ大作はちょうど真ん中のM11「Heart & soul」を境にして、「戦中と戦後」というテーマになっているのではないかというもの。


その筋に沿って、この22曲85分の冒険譚をもう一度読み進めていきたい。

 

冒頭を飾る二曲は、戦争というテーマと比較的明確に結びついている。
M1「青い戦車」は文字通り戦場の歌であり、『湾岸走る戦車』という歌詞からは、近未来のレインボーブリッジをひた走る戦車の姿が浮かんだ。


続くM2「街角のファンク」におけるC.O.S.AとKID FRESINOの荒々しいラップは、死と隣り合わせにいる兵士たちの夜だ。


M3「泡アワー」は一聴すると軽快なダンスナンバーのようである。
ただ、このやけに切迫感のあるサンプリングビートに乗せて繰り返される『僕らはみんな水槽の金魚 色とりどりの泡を見ている』『急げ急げこの夜の警告』という歌詞の世界を少しだけ悲劇的な方向に傾けてみると、空爆される街の姿、飛び散るネオンサインが浮かび上がってくる。

 

その流れでM5「東京市憂歌」 を聴けば、これは爆撃された後の、かつて東京都と呼ばれた土地に残った者(それは人間ではなくAIかもしれない)が歌うブルーズと解釈するのが自然だろう。
トライバルなビートに乗せて、ロボットボイスで繰り返し歌われる「Dance forever  我が身果てるまで踊ってれば  live forever 」というフレーズの言いようのない不気味さ。
最初に聴いた時にも坂本慎太郎「ナマで踊ろう」を思い出したのだが、あれこそまさに人類滅亡後のダンスミュージックとも言うべき問題作だった。

 

そこから一転、こぼれ落ちそうなほどリリカルなM6「きみは今日、空港で」は、大切な人との別離の歌。空港を舞台にした戦争に翻弄される人々の喧騒と静かな悲しみの交錯。戻ってこない平穏な日々。

 

そして最高にシュールで、曽我部の愛犬が死ぬほど可愛いMVも記憶に新しいM8「Tシャツ」のオーセンティックなロックンロール。アルバムタイトルの「ポップコーン」と並ぶ戦争大国アメリカの暗喩だろうか。

 

続くM9「クリスマス」は間違いなくこのアルバムの核を担うファンクナンバーであるが、その歌詞に少し注意を払って聴いてみれば、本名もわからない、クリスマスと言うあだ名で呼ばれるストリートチルドレンの姿が浮かんでくる。あまりにも切ないダンスミュージック。

 

そして同じくブレイクビーツに乗せて歌われるM10「金星」への祈りが通じたのか、マイナーで始まるインストナンバー「Heart & soul」は、穏やか朝が訪れるように転調する。

 

この瞬間、戦争は終わった。
少なくとも私の世界では。

 

さて、ここからは戦後編。

まずその冒頭を飾るM12「流れ星」。
そのタイトルを見れば、M10「金星」と同じ天体をモチーフにした曲がM11「Heart & soul」を挟んで対に並んでいることに気づく。
これは単なる偶然ではなく、曽我部恵一がそのストーリーを浮き上がらせるために入れ込んだ仕掛けではないだろうか。

続くM13「すべての若き動物たち」。
最初に聴いた時は曽我部恵一の、年輪とは無縁の若々しい音におののいたが、『スピードはそんなもんか』『今世界はゆりかごの中』といった歌詞からは、混沌を生き抜かんとする若者のギラギラとした生命力を感じる。これはM2「街角のファンク」の物語と対の構造なのかもしれない。


そこからは一転、M14「Summer baby」M15「恋人の歌」M16「ハニー」と「恋人」を意味するタイトルが三曲続く。
そして「恋人の歌」と「ハニー」はそれぞれ、帰ってきた恋人、まだ会うことができていない恋人を思う歌として、またしても対になっているように聴こえる。


続くM17「くじら」は一転して不穏なムードを漂わせる。不気味な残響音から想像されるのは海原に生きるクジラのことではなく、深海に潜む潜水艦。人類の歴史を振り返れば、戦後とは常に新たな戦前とも言えるわけだから。いつだって私たちは暴力の気配から逃れることができない。

 

そしてM18「虹の外」のどことなくオリエンタルで退廃的なムードを漂わせるディスコサウンドから私が想像したのは、ブライアン・フェリーのヒット曲「Tokyo Joe」。進駐軍の兵士が集まるナイトクラブのイメージだ。


続くアルバムタイトルトラックのM19「ポップコーン・バラッド」。
M8「Tシャツ」と同じロックンロールなギターが、どこか古き良きアメリカの大らかさを想起させる。またしても対の構造だ。

 

そしてサニーデイ史上屈指の美しさをたたえるM20「透明でも透明じゃなくても」。
『Hello good bye メリークリスマスの亡霊』という歌い出し。ここで再び現れる「クリスマス」という言葉にドキッとさせられる。これはM9「クリスマス」のことだろうか。
しかしこの静かな達観をも感じさせる美しいメロディ。ひょっとすると、かつてクリスマスと呼ばれた少女はこの歌の主人公なのかもしれない。


さあいよいよラスト。

M21「サマーレイン」、M22「Popcorn run out groove」の享楽的で混沌としたサウンド。
まるで戦争を知らない子供たちが、豊かさと退屈を持て余しているかのようなルード感。
『そろそろ生まれ変わりたいような気分さ』というリフレインは、やがてまた訪れることになる破綻の暗示か。まるでポップコーンほどの軽さで突っ走る、どこかの国の政治家の姿も重ねたくなる。

この謎に満ちたアルバムを締めくくりにふさわしい、ミステリアスな余韻。

 


以上が、「Popcorn ballads」に妄想まじりのストーリーを押しつけて聴いてみた話。

 

正しいか間違ってるかはわからないし、もっと別のストーリーがあるのかもしれない(そもそも歌詞カードも見たことがないのだ)。


でも、私という凡庸な聴き手のイマジネーションをここまで巨大に膨らませてしまう、美しすぎる断片の集合体がつくり出す完璧な謎。全編に漂う暴力の気配とクールなリズム。

 

26年前の夏にリリースされた「ヘッド博士の世界塔」、あるいは53年前に出版されたトマス・ピンチョンの「V」と並べて語りたくなってしまったのも、無理からぬことではないたろうか。

 

そう言えば 曽我部恵一が井の頭レンジャーズと出した7インチもフリッパーズギターのカバーでしたね…。

 

とてもマイフェイバリットなOFTに子連れで行ってきた話

岐阜県各務原市で開催されている野外フェスOur favorite things。
わりと近所だし、毎年魅力的なメンツでうらやましいなと思っておりましたが、今年初めて参加できました。

 

なんせ出演アーティストがサニーデイ、スカート、シャムキャッツにヨギー、D.A.NにSTUTS…。

俺のためのフェスなんですか?と錯覚するほどマイフェイバリットだらけのラインナップ。

 f:id:dreamy_policeman:20170716094125j:image

こりゃガチで見たいよね、ということで次女はおばあちゃん家でお留守番、小4長女(スカートとサニーデイが好き)だけ連れて出発。


愛知から各務原なんてめちゃ近いし、俺は岐阜には仕事で何度も来てっからさ、とカーナビの指示を無視して東海環状道をひた走るも、いつまで経っても目的地までの残り距離が減らない。

あれ?…各務原市土岐市の位置を間違えてたよね。そして今は関市とかいうところにいるよね…。


そっからは顔面蒼白。
なんとかスカートに間に合うようにと必死に走って会場到着。
楽屋裏で煙草を吸うチンピラ…じゃなくてシマダボーイを発見した瞬間の安堵感と言ったらもう…。

 


さて会場はちょっとした公園って感じのアットホーム感。
森道みたいなステージを想像していたので、こんな近くでスカートやらサニーデイやら見れちゃうのかい?と改めて興奮。

 

それにしても7月の東海地方の蒸し暑さといったら名産品としてまるごと他の都道府県に出荷したいレベルな訳ですが、この日も相当にゴキゲンな湿度&温度。

 

そんな暑さもピークの13:20に登場した澤部渡率いる我らがスカート。

f:id:dreamy_policeman:20170716094759j:image

ある意味こんな澤部が見たかった的なおいしいシチュエーションだったわけだけど、「ああ暑い!みなさんが暑いと言うなら僕がどんだけ暑いんだってことですよ!」「(汗が目に入って)チューニングもできない!」と嘆きながら水色の長袖シャツを汗で濃紺に染める澤部氏を見ているうちにちょっと気の毒になってきました…。


しかし肝心のライブの方は、まさにこんな澤部が見たかった!的真夏のヒットパレード。
最初にぶちかますはスカート屈指の大名曲「ストーリー」。しかしこんなファンキーなリズムだったっけ?と戸惑うほどに涙腺と足腰をグイグイと刺激してきてとても忙しい。清水瑶志郎先生のベースがブリブリ過ぎてもう最高。

そして「セブンスター」からの「回想」でこの日最初のピークタイム。
いやこれは最強の夏フェス対応のダンスナンバーですよマジで。青空の下、ノンアルコールビールでがっちりアガりました。

その後も「CALL」、ウチの子も大好きな「おばけのピアノ」、新曲「視界良好」などなど名曲だけでオーディエンスの気持ちをガッチリ掴み、最後は「静かな夜がいい」をエモく熱くキメたスカート御一行。いや最高でした。

ステージを降りた後はまるでゆるキャラのように若者たちに記念写真をせがまれまくっていた人気者・澤部氏、フジロックでの健闘を祈ります!


続いて登場はシャムキャッツ
何を隠そうちゃんと観るのは初めて。

しかしこれまたどういう神のいたずらか、メンバーお揃いの衣装がスカート澤部氏ともろかぶりの青い長袖シャツ。発汗量の違いが際立ってしまうじゃないか…。

f:id:dreamy_policeman:20170716094824j:image

それはともかくシャムキャッツ、演奏した楽曲のほぼすべてが新作「Friends again」から、という潔いセットリスト。
しっかり根を張った4本の木のような、伸びやかな歌と演奏、虚飾のない楽曲が岐阜の自然にマッチする。改めてしみじみ長く聴きたいアルバムだと思った次第。

そして旧作からの代表曲「Girl at the bus stop」も新生シャムキャッツの音として、より凛とした佇まいで鳴らされていた気がする。そのせいか「後悔になんて唾を吐け」という歌詞がいつもより強く心に入ってきて、ちょっと泣いた。


さてここで子供タイムで会場をぐるりとまわる。
さすが公園だけあって、川(入って遊べます)とか遊具が充実。
爆音と人混みに飽きたお子様ケアも万全です。ライブになかなか戻れない危険性はありますが。

 

さて、散歩から戻ってきたところで今、日本で一番イケてる若者たち・Yogee new wavesが登場。

f:id:dreamy_policeman:20170716094851j:image
お客さんの数もこの日一番の多さ。勢いを感じます。

2017年超決定盤「WAVES」を中心にしたセットリストだったわけだが、ホントいい曲しかない。
アレンジも歌も演奏も、フロントマンとしてのカリスマ性も全てが完璧。その完璧ぶりが俺には眩しすぎたりもするんだけど、全然嫌じゃない。それでこそ2017年に生きる若者のためのロックンロールって気がするから。

終演後、興奮した男子が連れの女子たちに「オシャレなブルーハーツって感じだったよね!」って言って「全然ちがうでしょー」って笑われてたけど(まぶしい)、俺も男子の意見に賛成。


日も落ちてきたところで登場はSTUTS。

東大の先輩・Alfred Beach Sandalと共に作った「ABS + STUTS」が再生ボタンを押してから30秒でアーバンなサマームードで部屋が充たされる名盤だったのでこの日もガンガン踊りたいと思ってたけど、ノンアル・子連れ・暑さにやられた身、ではなかなかそういうわけにもいかず、小田島等先生の似顔絵コーナーに並びました。

 

私ではなくムスメを書いてもらった訳ですが、これが恐ろしく彼女の内面まで捉えたような絵で震えました。

f:id:dreamy_policeman:20170716094923j:image
ちなみに小田島先生に「こんなにずっと絵を描いてて手とか大丈夫なんですか?」って聞いたら「僕は絵を描くために生まれてきたから全然大丈夫なんですよ」ってサラッと答えてくれました。シビれた。

 


まさに日も落ちんとするマジックタイムに現れたのはD.A.N。

f:id:dreamy_policeman:20170716094948j:image

これでライブ見るの多分4回目くらいだと思うんだけど、彼らが一切同期を使っていない人力演奏ということにようやく気がつきました。
「SSWB」のクールなベースラインとか「Native dancer」のドラムとか、生でやってんのか!と思ったら急にビールが飲みたくなってきて今日10本目くらいのノンアルビールを流し込みました。


それにしても最初に観た時(2015年の大晦日)はもっとゴリっとした感触の音楽だった記憶があるんだけど、今の音はなんというかトロトロの液体が自由に宙を舞うような、コーネリアスの新譜に通じる、洗練されまくった気持ち良さがある。
小林うてなさんのヘアスタイルもクールでした。


さていよいよフェスも大詰め。
トリを飾るのははサニーデイ・サービス

f:id:dreamy_policeman:20170716094212j:image

結論から申し上げますと、圧巻・圧倒・圧勝でした。
この前に出たバンドも心の底から愛してる俺だけど、もうサニーデイは別格の横綱相撲。

一曲目の「Baby blue」でオーディエンスを別の世界へ誘うと、「あじさい」「Slow rider」でオーディエンスの心の中に初夏の風を吹かす。ナイスブリーズ。

そしてここからが本日のクライマックス、「さよなら!街の恋人たち」でさっき沈んだはずのギラギラした太陽を再び呼び戻したかと思うと、灼熱の「DANCE TO YOU」の世界へ。
「セツナ」のメーターを振り切った演奏は、来るぜ来るぜってわかってても、心の防波堤を軽く突破してくるんだ。

世界中でこんなテンションでメロウロックを鳴らすバンド、他にいるかい?と言いたくなる。さっきまで客席で騒いでた酔っぱらいもすっかりおとなしくなってしまったじゃないか。

 

そして本編最後は「サマーソルジャー」。
これ以上、今日ここにいる私たちにふさわしい曲はないでしょう。ステージの上に輝く月を見ながらまさに胸いっぱいになっておりました…。
この曲はいつか武道館みたいなでっかい会場でシンガロンしたい。オアシスの「Don't look back in anger」みたいに。

 

終演後、初めてサニーデイを見たと思しき若者たち(たぶんバンドやってる)が「ヤバいなめてたわ」「とんでもねーな」「いい曲しかなかったし」「あのホワイトファルコンがさぁ…」と熱く語り合ってて、ええ子やなぁとミヤコ蝶々賞をあげたい気持ちになりました。

そう。とんでもないバンドなんですよ、サニーデイは!

 

ちなみにアンコールでは「青春狂走曲」が披露されたんですが、会場にいらっしゃった写真家の宇壽山さんが「『バンドマン対抗綱引き合戦』の歌やってくれて嬉しかった!」と開口一番おっしゃっていて、なんのことやらと思ったらこんなことでした。

www.youtube.com

スカート(含む元昆虫キッズ・佐久間裕太氏)、シャムキャッツサニーデイ、今日の出演者ばっかりじゃん!ある意味めちゃ貴重なアーカイブ。澤部選手ジャージ似合いすぎだし。

 


さて、子連れでは初めて、私にとっても超久々の夏フェスでしたが、高速のサービスエリア直結、トイレ、コンビニ完備の快適環境のおかげで無事に過ごすことができました。

f:id:dreamy_policeman:20170716094238j:image

とは言え、子連れでフジロックとかはまだまだムリ。夫婦のどちらかがライブ見るのを諦めて子供に専念すれば別だけど、それは我が家では考えられない(どっちもライブ観たい)ので…と限界を悟ったりも。

 

ありがとうOFT、ありがとう各務原市(もう場所間違えないよ)。

来年も遊びに来たいと思います。