ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

梯久美子著「狂うひと」を読みました

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植本一子がおすすめしていた(たしか)という安易な理由で読み始めた梯久美子著「狂うひと」。

 

島尾敏雄・ミホ夫妻の生涯を描いたドキュメンタリーであるのだが、あの「かなわない」をはるかに上回る、650ページ以上というボリュームにまず圧倒される。


こんな分厚い本とても読めるわけないと思ったものの、結局最初から最後まで、手に汗握りながら一気に読んでしまった。


奄美に着任した特攻隊長と、島に住む名士の娘の大恋愛。
その夢から覚めさせる戦後の現実と、夫の不倫により正気を失う妻。贖罪のために自分の全てを捧げる夫。

 

その過程を記録した島尾敏雄の小説「死の棘」によって二人は文学史に残るアイコン的存在になっていくわけだけれども、そこには尊い愛だけでは割切ることのできない現実的事情や打算が潜んでいたことを明らかにしていく。

 

そう書くとなにやらスキャンダラスな匂いが漂ってしまうのだが、これぞまさにプロの仕事と言うべき長年にわたる綿密な取材と冷静な筆致によって、一切の憶測は排除され、島尾夫妻の人間像が、公平かつ立体的に浮かび上がっている。

 

そして彼らの深すぎる業を、彼岸のこととしてやり過ごすことを許さないほどの近さで突きつけられた読み手である私もまた、否応なしに自分の人生を省みることを要求されるのです。


ただひたすらに平坦でまっすぐな道を整え、そこを淡々と歩むことを目的としたような私の人生。別の世界に繋がる穴にはすべて蓋をしなければならない。

 

果たして、その蓋を開けないまま死んでいくことが、幸せな人生というものなんだろうか。
自分でもコントロールできない何かに振り回されることこそが、生きるということなんじゃないか。


そんな愚かで浅薄、かつ甘美な誘惑にかられたりもするわけです、たまには。

 

しかし少なくとも、その蓋を外した人だけがつくり出すことができる世界が存在すること、それが俺の人生に大いなる驚きと喜びをもたらしてくれていることだけは確信を持って言える。

 

つまり人のセックスを笑ってはいけない。すべての愚行と倒錯に(まずは)リスペクトを。