ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

SONICMANIAでコーネリアスのライブを観た

2021年8月20日土曜日の夕方、私は苗場スキー場の端っこでタコスを食べていた。本当なら今ごろ、この森の向こうのグリーンステージで「STAR FRUITS/ SURF RIDER」を聴いていたはずなのに…という空しさと悔しさを抱えながら。あの騒ぎは一体何だったのか。今でも分からないことがたくさんあるが、それはここでは書かない。あれからちょうど一年後の2022年8月19日金曜日。私はこの目と耳でコーネリアスの復活を見届けたのだから。

 

神様はこの日もすんなりと開演させてくれたわけではない。私が新幹線と京葉線を乗り継いで会場にたどり着いた瞬間に飛び込んできたニュースは、サポートメンバー堀江博久の出演見送り。ただでさえ人間の処理能力の限界に挑むような複雑なアンサンブルを、3人だけで鳴らせるのだろうか。でもこの悲報と共にTHE JAMのジャケットをネタにした3人のアー写を送ってくるくらいなのだからきっと大丈夫なんでしょう…。

 

復活の瞬間を見届けたい…ということだけではなく、今日こそあの演奏は誰がどうやって成り立たせているのかを把握したい、という好奇心から前方エリアでスタンバイ。開演時間が近づき、おなじみの白い幕に円環の映像が写し出される。高まる期待と緊張…と言いたいところなんだけど、いつまで経っても大きな音でCMが流れ続けて集中させてくれない。波の音のSEとアブリル・ラヴィーンの歌声が混ざり合う、やや締まらない空気の中、その時は来た。深く残響する鋏の音、猫の鳴き声と口笛による「運命」、そして「聞こえますか?」という問いかけ。フジロックでは配信の画面越しにも緊張感が伝わってきた小山田圭吾の声だが、今日は固さは感じない。ええ聞こえてますよはっきりと…という念を送り返した瞬間に鳴り響くドラムブレイク。エレクトロニカル・パレードのような音と光が跳ね回り、ショーの始まりを告げた。

 

ドラマチックに幕が落ちて始まったのは「Point of View Point」。コーラスの厚みという点では堀江の不在を感じるけど、それよりもスリーピースとしてのソリッドな切れ味が際立っている。複雑なフィルインを叩き続けながらジャストなグリッドを守り続けるあらきゆうこのドラムと、その土台をがっちりと固める大野由美子のベース、そしてパーカッシブなギターとボーカルで平熱のグルーヴを先導する小山田のギター。続く「いつか/どこか」の安定感のあるボーカル、「Audio Architecture」の居合抜きのような演奏に、私の心身は感慨ではなく高揚と興奮に支配された。

 

初めてセンチメンタルな気持ちになったのは、mei eharaをフィーチャーしながらすぐに姿を消してしまった悲運の名曲「変わる消える」がプレイされた時だろうか。去年聴いた時には小山田の運命に忍び寄る影を予言するような歌詞の方に心を奪われていたが、この日胸にぶっ刺さるのは「好きなもの あるなら 早く言わなきゃ」「好きな人いるなら 会いにいかなきゃ」というフレーズ。そう思ってここに集まってきた人がこんなたくさんいるんだぜ。信じられないよ…。

 

そしてここからが前半のクライマックス。

ストーンズ、プリンス、フーなどの映像に混じって電気グルーヴ、META FIVE、そしてプライマルスクリームがコラージュされたSONIC MANIA仕様の「Anoter View Point」から「Count Five or Six」、「I HATE HATE」へと続く怒涛のヘビーロック急流下り。まるで「時計じかけのオレンジ」のルドヴィコ療法のように、視覚、聴覚、そして肉体反応を完全に制御されてしまったかのよう。こうしたギターをフィーチャーした曲になるとまたしても堀江の不在を強く感じるのだが、こちらはもうアドレナリンがドバドバなので、車のタイヤは一個足りないくらいがちょうどええんや!という気持ちになってくる。やばい。


暴走した頭と身体をクールダウンさせる「Surfing on Mind Wave pt2」が前半と後半を分けるインタールードのように鳴らされる。こんなにアブストラクトなギターインストを、これだけの大観客の前で鳴らすことのできるアーティストは日本に他にいるだろうか。改めて彼の存在の特異性を感じずにはいられない。

 

そして後半戦最初のピークはなんと言っても、「Beep it」から「Fit song」そして「Gum」までのニューウェーブ・ファンク三連発。音がシンプルになった分、剥き出しになったミニマルなファンクネスが脳と足腰を同時に襲ってくる。どんなに音はうねっても、映像と同期しているので強制的にジャストのタイミングに戻されていく独特のグルーヴは中毒性が高すぎる。デビッド・バーンは「アメリカン・ユートピア」で無機質なニューウェーブサウンドを生身の肉体に還元させることで大きな感動を生んだが、コーネリアスはそこからもう一度人間をプロツールスの中に押し込んでいくような、ばかばかしいくらいの倒錯性とユーモアがある。しかしきっとこれこそが言葉や意味を超えた、ユニバーサルなコミュニケーションを産む源泉なのだ。小山田の創造性はもちろんのこと、この無茶なオーダーに応えるサポートメンバー三人(今日は二人)の能力の高さ、懐の深さに改めて感嘆する。ちなみにフジでは「白竜がなんか振り回してる!」と話題になった「Berp it」のカウベルは小山田本人が叩いていた。いかにも野球が苦手そうなフォームでコンコン叩き、ぶん投げるのではなくぽいっとスティックを放り出す姿に文系の魂百まで…という思いがした。

 

「環境と心理」のイントロが流れ、このショーも終盤に差しかかっていることを知る。本日二度目のセンチメンタルタイム。この一年、大変だったのは小山田圭吾だけではなかった。META FIVEは終わってしまったけど、高橋幸宏が全快したらぜひまた何か新しいことが始まってほしいと思う。しかしあのMETA FIVEの配信ライブから9ヶ月後に、こんなに素晴らしい夜を迎えられるとは思わなかったな。

 

そしていよいよ「STAR FRUITS SURF RIDER」。高校生の頃から聴いている曲だけど、こんなに優しく響いてきたのは初めてだ。さりげなく包み込んでくるシンセの音、ひとりごとのようなメロディ、遠い夜空に輝く花火のようなドラム。堀江博久のトランペットに代わって大野由美子が吹くカズーの愛らしさに悶絶しているところへ画面に現れた「From Here to Everywhere 」の文字。やっとここから、どこへでも、この音楽が飛んでいける日が来たんだな…と思ってちょっと泣いた。

そしてそのままラストの「あなたがいるなら」。これが来るって分かっているのに震えてしまうこのキックの音。それにしても「変わる消える」もそうだけど、坂本慎太郎という人は予言者なんじゃないかというほど恐ろしい歌詞を書く。もちろんリリースされた時から素晴らしい曲だと思っていたけど、この一年の出来事を彼が綴った言葉が吸収して、その重みをぐっと増した。本当にこの曲があってよかったと、ここにいる全員が思っているんじゃないか。

 

そして大団円。演奏とリンクした「Thank you very very much」の文字が流れ、小山田圭吾が「どうもありがとうございました」と一言。そしてあらきゆうこ大野由美子と共に前へ出て挨拶。フジの時には何かこみあげる感情を抑えているように見えたけど、今日はとても楽しそうに笑っていて、こちらまで嬉しくなる。去り際に客席を指差して手を振ったのは、ファンの方が持っていた「おかえり」といううちわが目に入ったからだそう。

 

私はこのシーンを目の当たりにする瞬間まで、一連の騒動は小山田にとっても、ファンにとっても、そして火をつけて騒いでいた人たちにとっても、まったく意味のないものだったと思っていた。誰も何も得ることのない、ただ時と共に風化していくだけのスキャンダルだと。しかし、このまぶしいくらいに幸せな光景を前にして、もしかするとあれは、少なくとも小山田さんと私たちにとってはまったく無意味なものというわけではなかったのかもしれない、と初めて思うことができた。もちろんこの夏の喜びが、去年失ったものを穴埋めできるだけのものだったのかは分からない。しかし明らかにここには、あのトラウマを乗り越えたからこその信頼関係があると思ったし、それはこれからも有効だと思う。

この日が来ることを信じていて良かったな、と心から思ったし、小山田圭吾という人はこれから先も素晴らしい作品しか作らないだろうと、根拠なく確信した。

 

いつまでもこの余韻に浸っていたかったけど、タイムテーブルが被ったスパークスを観るために、私は急いで隣のステージへ向かった。