ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

リ・ファンデ『HIRAMEKI』にまつわる私的な記録

リ・ファンデ『HIRAMEKI』がリリースされた。最大限冷静かつ客観的に見たとしても、同じ日に出た田中ヤコブと並んで、ポップミュージックの一つの基準になるような名盤、と言っていい作品だと思う。

open.spotify.com

ちょうど一年ほど前、リ君に連絡をもらった私は、出張の帰りに品川駅の近くの居酒屋で久々に彼と再会した。そしてその場で「これからソロで本格的に活動していくので、スタッフみたいな感じで協力してほしい」と言われたのだった。

彼のファンとしてはもちろんそんな風に言ってもらえたことは嬉しいけれど、こちらもいい年した社会人である。素人のおっさんが力になれることなど、1ミリもないことくらいは分かる。当然の反応として、いやいやいやいや他の人に頼みなさいよ、と言ってみた。しかし彼は今の自分にそういう存在はいないし、それでも自分は誰かと相談しながら活動していきたいのだ、と言う。嗚呼なぜ今の音楽業界はこんなにも輝く才能を放っておいてしまうのか…と思わずにはいられなかったが、そこまで言うならできることはなんでもしますよ…ということになった。

しかし今だから言えるけど、内心「もし彼のつくる作品が、自分の好みに合わなかったとしたらどうしよう」という不安があったのも事実。生活のための仕事ならばしれっとやり過ごせばいいけど、これは感情だけが原動力である。かえって迷惑をかけてしまうのではないか…と。

我ながら恥ずかしくなるほどの小心ぶりなのだけど、とにかくこの無人駅のような場所から、『HIRAMEKI』はスタートしていたのである。今となっては本当に信じられないことである。


さて、「スタッフ的な立場」を与えられた私(と摩硝子さん)は、一体なにをしてきたのか。結論から言うと、まあ大したことはしていない。


折に触れて彼が送ってくれるデモ音源を聴かせてもらって好き勝手な感想を言ったり、「次は〇〇さんと対バンしちゃいなよ」とか好き勝手な思いつきを言ったり、彼が直面する音楽業界のリアルに一緒に驚いたり悲しんだり、時折り飛び込んでくるグッドニュースに喜んだりするくらいのことだった(Negiccoのnaoさんから楽曲提供の依頼があった時は盛り上がった)。


なので音楽制作の裏側とか苦労みたいなことはまったく知らないし、なんの助けにもなっていない。しかし彼は、私たちが好き勝手なことを言っている間に、素晴らしいミュージシャンとスタッフを集め、レコーディングをして、ジャケット写真を撮影し、ロゴをつくり、MVを撮影し、流通の手配をしていた。日中の仕事もこなしながら、である。

あの飄々とした佇まいの裏側に秘めた、とんでもない体力と情熱。彼は私よりもだいぶ年下だけど、もう本当に尊敬してしまう。本人にはあまりちゃんと伝えたことないけど。そして音楽の才能だけでは音楽を届けられない時代を生きるアーティストの厳しさも痛感せざるを得ない。


なお、私がした数少ない仕事らしいことと言えば、レコード屋さんに配布する資料の文章を書くこと、そして二つのインタビュー記事を書かせてもらったことだろう。


TURNの岡村詩野さんはこんな野良リーマンの私に定期的に文章を書く場を提供してくださった大恩人だけど、まだソロ名義でのリリースのないファンデ君のロングインタビューを快く掲載してくださり、その後もいろいろと相談に乗って頂いた。

turntokyo.com


そしてCINRAの山元翔一さんは2年前にサニーデイ・サービスの特集記事になぜかどこにもなんにも書いたことのない私に寄稿の機会をくれた極めて奇特な方(最初に依頼メールを見た時は新手の振り込め詐欺に違いないと思った)。いつも心の通った記事を手掛けている。今回も大メディアの編集者ということでかなり緊張してしまったが、私以上に真っ直ぐな音楽愛、ファンデ愛で私の拙いインタビューと原稿を完成まで導いてくださり、とても勉強になった。

www.cinra.net

 

なお、このお二人の名にかけて一応誓っておきたいのは、私がリ・ファンデの「スタッフ的な立場(そういえばPromotional writerという肩書をもらっていました)」だからと言って、それぞれの記事で語った言葉の中には、一切の誇張も嘘もないということである。そんなことは音を聴いてもらえれば分かってもらえると思うのだけれども、私が記事の中でしたことは、彼の歌声にある方向から光を当て、魅力を際立たせていくという照明係のようなものにすぎない。そもそもそこに空虚な美辞麗句が入る余地も、入れる必要もないのである。


とは言え、個人的にもなんとなくこのリリースを目がけて、執筆活動を細々と頑張ろうと思っていたこともあったので、今はちょっと安心したような気が抜けたようなところがある。そんな気持ちを一回整理するためにこの文章を書いてみた。


明日(10/18)はリ君は曽我部さんとツーマンライブ。そう言えば、品川で飲んだ時「いつか曽我部さんと共演したいんですよね。もし実現したらドリーミーさんも嬉しいでしょ?」と言っていたのだった。またあの時の目標が一つ叶ったじゃん。憎きコロナのせいで現場に行けないのが悔やまれるけど、メロウロックの王様に挑むファンデの勇姿、配信でしかと見届けますよ。