ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

イノセントとドキュメント。サニーデイ・サービス「いいね!」

 

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2020年3月18日。世界中を覆う黒く分厚い雲に一筋の光を差しこみ、新しい季節を招き入れるようなサニーデイ・サービスの新作が届いた。連日の残業でボロボロになっていた俺は深夜に一聴するなり、この作品が放つ生命力の眩しさについ涙をこぼしそうになってしまった。

 

POPCORN BALLADS』に象徴される最新型のサニーデイ至上主義者であり、ノスタルジーという脳内フィルターに対する警戒感の強い俺としては、こういう表現を安易に使いたくないのだけれども、街の鮮やかな息づかいを感じさせるこの作品こそ、歴史的名盤『東京』以来の”みんなが一番聴きたかったサニーデイ・サービス”であると断言してもいい気がする。いや、新メンバー・大工原幹雄が叩き出すグルーヴがソカバンを彷彿とさせるプリミティブな躍動感にあふれているという点においては、”みんなが一番聴きたかったベストオブ曽我部サウンド”と呼んでもいいかもしれない。

 

それにしても2019年12月末に期間限定公開された丸山晴茂を追悼するドキュメンタリー映画『GOODBYE KISS』や、20年の元旦に配信リリースされた渾身のブルーズ『雨が降りそう』からわずか3ヶ月で、こんなにもフレッシュなアルバムが届けられるとは、まったく想像できなかった。

幸運にも俺は1月4日に行われた江ノ島OPPA-LAでの134名限定ライブを観ることができたのだけれども(予約のために127回も電話した)、その場で披露された新曲たちもやはり不在や死と隣合わせの日々を生き急ぐような切迫感にあふれているように感じたし、年が明けてもドラマーが変わっても、サニーデイ・サービスとそれを追いかけている俺たちが今いる場所は『GOODBYE KISS』と地続きの世界なんだなと(当たり前だけど)痛感させられた。だから勝手に、きっと来たる新作はこの混沌としたヒリヒリするエネルギーに満ちたパンクロックアルバムになるのではないかと想像していたのだ(ちなみにその日配布された歌詞カードを見返してみると、披露された新曲のうち、『いいね!』に収録されているのは『春の嵐』のみ)。新たなメンバーを迎えたサニーデイは、本当に新しいバンドに生まれ変わった、ということかもしれない。

 

でもやっぱり、それこそ『東京』から25年も生きてしまった人間の心を動かすほどの特別な深みをもたらしているものは、イノセントな輝きを放つ高い作品性・フィクション性の裏側に垣間見れる、サニーデイ・サービスというバンドのこれまでの道程と現在地を刻み込んだドキュメントフィルムとしての切実な表情にあるような気がしてならない。

 

例えば、M2『OH! ブルーベリー』におけるロックンロールという怪物にずっと取り憑かれている自分を俯瞰するような視点、あるいは「優勝者のラン」というワーディングからは、バンドとしての来し方を「表彰状でももらいにいこう」と歌った名曲『コバルト』を連想してしまう。そして全曲シングルカットが可能と思われる楽曲がならぶアルバムの中でもひときわ鋭いフックを持つM5『エントロピー・ラブ』の「安定剤も切らしてしまって」とか「愛も憎しみもどっちでもいいけど もうすこし仲良くできなかったか じゃあそろそろ出かけるね ポケットに星があふれて」なんて歌詞を聴くと、そういう歌じゃないってことは頭では分かってるんだけど、どうしてもあの人の顔を思い出さずにはいられない。他にも・・・ってキリがないからもうやめておくけど。でもこの最新作には、随所にこれまでのサニーデイ・サービスが埋め込まれていることは間違いないと思う。


そして最後に『POPCORN BALLADS』至上主義者の妄想として言っておきたいのは、ここ数年のサニーデイ・サービスの作品は、ファシズムディストピアの影が色濃くなっていく10年代終盤の時代性と明確にリンクしていたということである。その視点において、この『いいね!』という作品は、その最高なタイトルも含めて、新たなウィルスによって急激に視界を失いつつあるこの世界に対する、最も切実なカウンターとして送り出されたものではないか、と思ってしまうのである。さすがにその発想は飛躍しすぎかもしれないけど、全ての名作は時代を代弁し、未来を予言する。後年この作品が振り返られる時には、この視点と共に語られるような気がしてならない。