インディー界を牛耳るグルーヴマスターあだち麗三郎による全面サポート、超一流のポップミュージックソムリエ・スカート澤部渡の推薦コメント、そしてインディーレコード店の良心・ココナッツディスク吉祥寺の大プッシュという、まさに走攻守三拍子揃った大型新人・東郷清丸のデビューアルバム「2兆円」。
なので当然のように聴く前からきっと良い作品なんだろうなとは思っていた。野球に例えるなら、「打率2割8分、本塁打15本、10盗塁」くらいは十分に期待できるんじゃないか、と。
ところがどっこい実際に聞いてみるとどうでしょう。
「打率3割、本塁打20本、しかも全てランニングホームラン」という漫画感覚の大活躍!「自分で値段をつけるなら2兆円」という本人のコメントはビッグマウスではないことを証明する傑作じゃないですか。
と、声を大にして言いたいところなんだけど、この二枚組60曲というボリュームに、聴くことをためらってしまう人もいるかもしれない。そんな方はまずディスクA(9曲目まで)を聴いてみて頂きたい。
一聴するとかつてのグランドロイヤル周辺を彷彿とさせる、ローファイで余白の多い、宅録感のある音である。
しかし例えば90年代のフィッシュマンズやヨラテンゴ、あるいは10年代のミツメや坂本慎太郎がそうであるように、その余白はただの「無」ではない。東郷清丸というシンガーソングライターが描く世界を投影するためのスクリーンとして機能している。
そこに映写される、8ミリフィルムの映像のようにざらついた、甘くほのかに闇を感じさせる妖しいメロディ。そっけないようでいて、絶妙に揺らぎながら急所を突くリズム。艶のある歌声に乗せて届けられる暗示的な言葉たち。
端正なマナーの中にも、かすかな野生が息づくポップソングの数々に、好きモノのあなたならつい唸ってしまうこと間違いなしだろう。
そして彼の宅録部屋の押入れの奥から繋がるアナザーワールドことディスクB。
エレクトロからアシッドフォーク、パワーポップにネオソウル。まるでテーマパークのアトラクションのように駆け抜けていく51曲。
その全てに底通するのは、人を食ったようなユーモアとどこまでも自由な想像力、そして先人の遺産を軽やかに自分のものにしてしまう咀嚼力。
その奔放さに私の年代物のimacも腰を抜かしたため、ディスクBのリッピングができないこともあり、まだ私も全てを堪能したとはとても言えない状態だが、この地下に広がる秘密基地感に胸のミゾミゾが止まらない。
今から1月にあるライブが楽しみなのである。