
年の瀬です。
忘年会、休日出勤、大掃除に年賀状。
大変忙しいわけよ、大人はさ。
でも、文化の香り高きサラリーマンであるワタシとしては、どんな時も素敵な音楽を忘れちゃダメよね、と入手したのが、ジャケットもハイセンスなトーベヤンソン・ニューヨークのアルバム"サムワンライクユー"。
スカートの澤部渡がドラム。他のメンバーはまったく知らないけど漫画家さんとかグラフィックデザイナーとかだそうで。
最近の若い人はホントに多才でいいわねー。
と、窓掃除のBGMとして再生したんですけどね。
さわやかなイントロが終わって始まった歌に超ビックリ。
なにこのボーカル。
ド素人じゃねぇーか。
これさぁ、お金取って売っちゃダメなヤツだろ、澤部君!一体どうなってるのよぉ?!
と、文化の香りはどこへやら、すっかりビジネスライクな中間管理職的な怒りがこみ上げてくるが、いやいやいやいや。待て待て待て待て。
若い人には若い人の考え方があるんだから、まずはじっくり聴こうじゃないか、俺よ。
と、窓拭きは中断して歌詞カードを片手にソファに座る。
うん。
曲とアレンジは素晴らしい。人懐っこくて、品がある。
さすが澤部君だ。
ラップも無理すればノーナリーブス的、初期口ロロ的と言えなくもない。
が、しかしボーカルが始まった瞬間にこみあげる怒りあるいは脱力感。
この、「イントロで盛り上がる→ボーカルに怒る→間奏で持ちなおす→やっぱり下手なボーカルに脱力する」というサイクルを繰り返すこと5、6回。
だいぶ身体は慣れてきた。
そして、歌詞カードを読みながら聴くと、彼らがふざけてやってるわけではない、ということもなんとなく分かってきた。
都会で暮らす若者の、誰かに聞いてほしいような、でもたぶん言ってもしょうがないような、ちょっとした心の動き(含む、"そばが食べたい")。
果たして自分は自分の人生の主役になれるのかしらと言うような、漠たる不安と根拠のない希望。
こうした人生のある場面において誰もが抱く感情を、そのしょうもなさもひっくるめてリアルに描くことを最優先にするのであれば、ボーカルは、あなたや私のようなド素人(つまり、サムワンライクユー!)でなければならなかった、のかもしれない。
スカートに500万枚売れてほしいと思っているワタシ的には複雑な気持ちもある作品だけど、スカートの良いところは名曲を"放り出せる"勇気のあるところだとも思っているわけで、これは極めてスカート的な愛すべき作品、ということなのかもしれない。
彼の音楽や世界観に愛着を感じる人ならきっと気に入るだろう。 澤部氏以外の曲もとてもいいし。
おお、ちゃんと聴いたらなんだかこの若者たちの気持ちがわかったような気がしてきたよ。
やっぱり大事。丁寧なコミュニケーション。
うん。こういう理解者ぶったオッさんが一番ウザいっていうことも分かっているつもりさ。
では、良いお年を。