ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

サニーデイ・サービス 『もっといいね!』

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あれ以上も以下もない、何人たりとも立ち入ることのできないピュアネスだけで作り上げられたロックアルバム「いいね!」。それがまさかリミックスアルバムとして解体・再構築されることになるとは思わなかった。


参加したリミキサーはまさに多種多様。岸田繁tofubeatsのようなビッグネームから、CRZKNY、Momといった気鋭まで13組。一見脈絡のなさそうな人選にも見えるけど、そこに貫かれたある種の統一性はアルバムを聴き進めるうちに見えてくる気がした。どのアーティストも、キャリアを問わず、『いいね!』という名作と真正面から全力でぶつかり、色とりどりの生命力を放つ新たな作品を好き勝手に作り上げている。つまり、人選の基準は「横綱サニーデイが相手でも、自分の相撲を思いっきり取れるアーティスト」ということなのだろう。サニーデイ・サービス曽我部恵一はライブにおいても無名の若手からベテランまで幅広く共演を重ね、そこから受けた刺激をバンドの新たな原動力にしているところがあると思うのだが、この音源においてもまた、才能に満ちたアーティストとのガチンコのタイマンを楽しんでいるかのようである。


と、ここで話を卑近なところに脱線させますが、私は今年、数々の偶然に持ち前の向こう見ずな図々しさを掛け合わせ、『いいね!』のリリース時に曽我部さんにインタビューをさせてもらいました。

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憧れのスターとの会話に備え、もちろん入念に準備をし、たくましい妄想に基づく質問もたくさん考えていたのだけれど、それでもインタビュー中はずっと曽我部恵一という巨大な森の中で迷子になっているような気持ちだった。いやもちろん曽我部さんが意地悪だったとか難しい人だったとかではない。「八月」開店準備真っ只中の忙しい時期にも関わらず、長時間のインタビューに応えてくれた曽我部さんは、皆さんご存知の、あの優しくてジェントルな曽我部恵一そのものだった。私が拙い質問を投げかけるたびに、真摯に自分の言葉を探し出して答えてくれる懐の深さに、ただ勝手に圧倒されてしまったというだけのことなのです。骨を拾ってくれた岡村詩野さんのおかげで読み応えのあるインタビューになったと思うけど、私の見当違いの質問リストの半分くらいは手付かずのまま終わったし、その後しばらくは自分の不甲斐なさに打ちひしがれていた。


脱線が長くなりましたが、つまり、曽我部恵一サニーデイ・サービスの音楽と対峙するということは、ミュージシャンにとってもそれなりの覚悟を迫るイベントではないか、ということが言いたかったのです。私を引き合いに出しても大した説得力もないことは分かっていますが。


ガバ、デスメタルからヒップホップ、フォークまで、レコード店の棚を端から端まで網羅したような幅広い音楽が収められたこのアルバムの中からベストトラックを選ぶことは難しい。しかしあえて私にとっての『いいね!』というアルバムに対する印象に基づくハイライトを挙げるならば、The Smithsへのオマージュとネオアコというアルバム全体のテーマを軽やかに射抜いたHi, how are you?と、批評性を蹴り倒し初期衝動だけを暴走させたどついたるねんによる「春の嵐」。そして「あまりにも自分自身のパーソナルな感情が入りすぎている」という理由でアルバムには収録されなかった「雨が降りそう」の深い悲しみを流麗なピアノと電子音の海に沈めるような岸田繁のリミックスになるだろうか。

特にラストに収録された岸田版「雨がふりそう」は、もうここにはいない大切な人の面影を描いた曽我部瑚夏による「日傘をさして」と並んで収録されたことで、あの最高に弾けた『いいね!』の裏側にあった(と私が妄想した)、サニーデイ・サービスというバンドが背負ってしまった「パーソナルで宿命的な悲しみからの再生」というテーマの存在を浮き彫りにしているようにも感じてしまった。そしてそれこそが、曽我部恵一という森の中で迷子になった私が、彼に聞くことができなかった質問リストそのものなのです。