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ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

スーパーフラット・コレクション展とHMV&BOOKS デザイン専門学校で感じたこと

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ちょっと都会に出かけてきまして。

ライブは行けなかったけど、素晴らしい二つのアート関連イベントに足を運んでまいりました。



まずは、村上隆スーパーフラット・コレクション」展@横浜美術館
その名の通り、村上隆の所蔵するコレクションを大公開してくださるという展覧会。
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まず、その膨大な量、全方位的なジャンルに圧倒される。

これを個人で「所有する」とはいったいどういうことなのかということからして、もう意味がわからない。

購入資金の出所は完全に私の想像力の範疇外なのでどうでもいいんですが、作品を探す・選ぶ・契約する、という行為だけでもハーブ&ドロシー夫妻の人生100回分くらいの、気が遠くなる時間がかかるのではないか。


一方、村上隆自身が「横浜美術館の館長と仕事をする」こと自体が展覧会の目的の一つと言うように、このビッグバンのような巨大なエネルギーを一切損なうことなく、わかりやすく見せてくれた展示も素晴らしかった。

だって作品一つひとつが持つ力がハンパじゃないものばかりでしたからね…。


全然時間が足りないよ、と思ったものの、もう会期が終了してしまいました。

6月に届くという図録を見ながら復習します。



そして、その翌日は渋谷HMV&BOOKSデザイン専門学校なるイベントへ。
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小田島等、北山雅和という二人の巨匠がミュージックジャケットデザインについて講義をしてくださるというありがたい企画。

しかもこの日のゲストは、東京インディーをパッケージする新鋭・惣田沙希。

90年代から10年代までの日本のポップミュージックに接してきた人間としては、ほとんど畏れに近い感慨を感じる顔ぶれです。

しかもこれ、無料ですからね。
東京っていい街だなぁって感じですよホントにもう。


トークでは、「デザインやアートは政治・社会とどう向き合うべきか」という話題に多くの時間が割かれました。

その中で特に、小田島さんの「3.11以前・以降の作品は異なってしかるべき」、北山さんの「デザインに思想が反映されるのはあたりまえ」という主旨の発言が印象的でした。


なので、畏れ多くもド素人のワタシが勝手にこの点を膨らませてみます。



日本のポップカルチャーにおいて政治性とは、長らく絶対に忌避すべきものとして扱われてきました。


でも、それは日本の若者の社会・政治に対する意識の率直な反映だし、渋谷系に代表される日本で発生したカルチャーの「特徴」であり「独自性」だったのだとも思うので、だからダメ、という話では決してない。


でも、もう時代は変わった。

2016年現在において、リアルな生活を送っている人なら、例えアーティストであっても、これまで積極的に目を向けてこなかった類いの問題が、嫌でも視界に入ってくるわけで。

これを「見えない or 見ない or 見なかったことにする」ような、「鈍感 or 無難 or 臆病な」アーティストが、(少なくともワタシにとって)意味のある表現を生み出す可能性がどれほどあるのか、と思う今日この頃なのです。


う。だいぶ大きく出てしまったぞ。
大丈夫か、オレ。


でも、例えば前述の村上隆所蔵のマスターピースの中に、政治性・社会性と無縁の作品は無かった、と言ってもいい。

仮に直接的影響はない作品があったとしても、少なくともそこには「あえて実社会から切り離す」という(有形無形の)意思は働いているはず。


なので、「政治的な曲をつくらないバンドはダメだ!」という意味じゃないですよ。

窓の外の現実や時代の動きを、要素の一つとしてまな板に乗せた上で、自分の表現にどう向き合うかどうかが、とても重要なんじゃないか、という話です。

これは超個人的な感覚ですが、政治性とはまったく無縁に見える、東京インディー界隈の若いミュージシャンの作品からも、時代に対するある種の意識は感じますからね。


と、偉そうに語ってしまったけど、アートやデザインは時代のカナリアという側面があるから最初に変化を求められるだけで、ワタシのような一般市民の生活、仕事、育児、様々な場面においても、モードを切り替えて時代と向き合わなきゃいけないんだよな。

と、つい心が熱くなるような濃厚な2時間でございました。