ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

File056:日暮愛葉 "Born Beautiful"


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やっとこさ九州場所も千秋楽。
もう一ヶ月も前の話か・・・。


博多では居酒屋、喫茶店を一人で何軒もハシゴしましたが、どの店も女性店員さんの愛想が良かったような気がしました。

県民性とかあんまり信じてませんが、これだけ感じのいい人ばかりに遭遇すると、九州女性にはなにかあるのかなという気もしました。


さて、そんな女性が優しい(気がした)博多で最後に買ったCDは日暮愛葉
女性ロッカー(死語)であります。

シーガルスクリーミングキスハーキスハーの人、と呼んだ方が通りがいいかもしれません。



私だけかもしれませんが、ロック系の女性アーティストを聴くというのは、男性アーティストのそれよりハードルが高い行為であります。


同じレジェンドでも、澤穂希よりも三浦知良ライオネス飛鳥よりもアントニオ猪木の方を見てみたい、みたいな感覚とでも言いましょうか・・・。


渋谷陽一風に言うならば、(サッカーやプロレスと同様に)ロックンロールという表現手法が内包しているある種の暴力性を、フィジカル面で不利な女性がどう消化しているのか、という部分が、音楽を鳴らす上での前提としてつきまとってしまう、ということです。


いにしえの先達たち、例えば渡辺美里リンドバーグは、その暴力性を「元気」に置き換えて、ガンバレ女の子ロックを鳴らしたし、SHOW-YAは男になんか負けねーぞロックとして、フィジカルの差を「気合い」で乗り越えようとしていました(適当)。


が、例をあげておいて誠に申し訳ないのですが、そのいずれの消化方法も、私の肌には合わなかった。


やっぱり、スケバンに男子が憧れるのはなかなか難しいんすよ。

要は、それだけ女性によるロックは難しいという話なんですが、これがロック以外のジャンル、ジャズ、ポップ、あるいは役者とかだったらこんな話はしなくていいんですよね。



前置きが長くなりましたので、この作品について結論から書きます。

とてもいいです。

後輩男子のボクちゃんも素直に「先輩、かっこいいです!」と言えるアルバムです。


どことなくCurly Giraffeを彷彿とさせる、ドライでオシャレなアメリカンロックに自分の感情を時に激しく、時に淡々と乗せていっています。

この"乾いたオシャレ感"で、ロック的衝動(≒暴力性)を処理したというところが、ワルいのに知的で、文系男子である私にも、憧れを抱かせてくれるポイントなんじゃないかな、と思いました。


他の作品も聴いてみようと思います。