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ドリーミー刑事のスモーキー事件簿

バナナレコードでバイトしたいサラリーマンが投げるmessage in a bottle

The Wisely brothers 「HEMMING EP」を聴きました

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今年に入ってから、SaToAやShe saidにGo-Gosなど、新旧を問わず、女性ボーカルのイカしたバンドの音源を耳にする機会が多い。


中でもThe Wisely brothersのデビュー作「ファミリー・ミニアルバム」を聴いた時の衝撃はデカかった。

「予期せぬ妊娠」というテーマを軸に、時に夢見がちで、時に投げやりで、時に眩しいほどの光を放つ若い心情が、生々しく表現されたストーリー性のある歌詞。

おきまりやお約束から完全に自由なギターサウンドと、決して上手くはないけれども表情をクルクルと変えていくボーカル。

 

なんじゃこりゃ。
と、一発で心を掴まれました。

 

そんな彼女たちの新作は、なんとGREAT3の片寄明人プロデュース。
しかもそのきっかけはシャムキャッツのイベントだったというのだから、音楽の神様ってきっといるんだろうネ(俺的な)。

 

というわけで、個人的な期待値が超高い状態でリリースされたこの「HEMMING EP」。


一曲目の「サウザンドビネガー」は初期チャットモンチーの影響を濃厚に感じさせるギターロック。
ラジオでガンガンかかりそうな感じのポップ感と、ほどよいヒネクレ感。下世話に言うと、こりゃ売れそうだという予感が濃厚に漂う。


二曲目の「アニエスベー」はシュールな歌詞とついミツメのことを思い出してしまうような、乾いたファンクの組み合わせがかっこいい。このベースの異常な気持ち良さに、片寄明人の良い仕事ぶりが凝縮されている気がした。

 

そして三曲目。このEPの白眉とも言うべき「Thursday」。

部屋の中で見つけた綿毛から、ソマリア沖の恋人まで一瞬で飛んでいく、彼女たちの溢れんばかりの想像力。それをそのまま音にしてしまったダイナミズム。「愛は光」と言い切るクライマックスの美しさは、視界がホワイトアウトしていくよう。

 

これはライブで体験してみたいぞ、と思ったら明後日名古屋にいらっしゃるじゃないですか。

音楽の神様ってきっと…(以下略)。

  

 

IMAIKE GO NOW 2017に行ってきました

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今年もやって来ました、悪い大人のネバーランド・IMAIKE GO NOW2017。

「パン屋じゃない、日本人なら和菓子屋だ!」とおかみから怒られる時代に、真昼間からライブハウスをハシゴしてロックンロールを聴きまくろうというのだから、なんたる非国民の集まりか。まさにアナーキー・イン・IMAIKE。

というわけで、昨年と同様にワタシの一日を振り返ってみたいと思います。

 

13:30 サニーデイ・サービス@ボトムライン

トップバッターにして本日のクライマックス、サニーデイ・サービスが登場。

しかも高野勲と新井仁を加えた鉄壁の5人サニーデイ

そうなるとあの熱狂のライブが再び…と思いきや、前回のツアーではセットリストになかった「Baby blue」「恋におちたら」といった春の白昼夢を思わせる名曲たちでスタート。

どこまでも美しく甘いメロディとセンチメンタルな歌詞。しかし、それだけにとどまらない、その裏側にサイケデリックなほどの愛を感じさせる楽曲たち。

曽我部恵一の描く桜の木の下には、いつも何かが埋まっているのだ。

 

今日はこのままドリーミーサイドのサニーデイで行くのかな、と思ったその時、胸をざわめかせる「セツナ」のイントロが。

その瞬間、降りてきたロックンロールの悪魔たち。ギターを歯で弾く曽我部恵一ピート・タウンゼントのように腕を振り回しながらベースを叩きつける田中貴。

シングル「桜 super love」にも収録されたあの熱狂が今ここに。

この日はさすがに二回はやらなかったけど、執拗に続くアウトロに、なんだか笑いがこみ上げてくるほど興奮した。

 

そして最後は「青春狂走曲」で締めて大団円。短い時間ながら今のサニーデイの充実ぶりをキッチリ見せつけてくれたステージで、なんだか俺まで誇らしくなりましたよ。

 

14:30〜 箕輪麻紀子「Float」展 @On reading 

すみません、IMAIKE GO NOW関係ないです…。ちょっと東山公園まで地下鉄で移動して、絵を見てきました。一見パステルだけど、ロードムービー的な物語を感じさせる作品が素晴らしかった(たぶんまた書きます)。

 

 15:30 SANABAGUN@ボトムライン

さて、寄り道からまたボトムラインに戻ってきたところ、SANABAGUNが演奏中。

休憩がてら二階の椅子席で観てたんですけど、ゴリっとファンキーなサウンドについ足腰が動いてしまいます。

そういや去年はこの位置からSuchmos観てたな。でもSuchmosより演奏はキリっとしてるかもな、特にベースがいいねぇ、とかなんとか上から目線で考えていたらSuchmosと同じベーシストということが後に発覚。超恥ずかしいじゃないか俺。

ヨンス君になれない99.99%の男子の現実をすべて引き受けた上でのパフォーマンスが潔くてとても良かったです!

 

 

16:25 前野健太@BL CAFE

続いては会場を移動して(と言っても下の階に降りただけ)マエケン初体験。

サウンドチェックで現れた瞬間から、そのいかがわしさ100%のオーラにヤラレてしまったわけですが、曽我部恵一と弾き語りチャンピオンを争うレベルの歌唱力がすごかった。大人のジョーク(またの名を下ネタ)満載のトークで会場の空気を自分のものにしつつ、人間の心理を後ろから前から突いてくる歌たち。

最後にマイク無しで歌った「100年後」の映像的な世界に思わずウルっときたよね。不覚にも。

久々にら本当におもしろい人というものを見た。

 

17:30 休憩@その辺の居酒屋さん

マエケン観たら無性に居酒屋に行きたくなったので近くの焼き鳥屋さんにイン。ハッピーアワーでビール一杯190円。至福なり。しかしそろそろ革ジャンが重い時間に突入…。

 

18:00 Klan Aileen @Huckfinn

やっぱり普段は見ないようなバンドも見てみたいよね、と一番パンク色の強いハックフィンに。ドラムとボーカル兼ギターの二人組。ベースなし、メロディなし、起承転結なし。それでも溺れたくなるこの轟音。ついフラフラとフロアに降りていってしまいました(そして翌日は鼓膜が…)。ノイズの荒波の中に垣間見れる涅槃に、海外で受けそうな感じの音だと思いました。

 

 19:10 ミツメ@ボトムライン

いよいよ佳境に入ってまいりました。サニーデイと並ぶ本日の本命・ミツメの登場であります。

最新作「A long day」のリリースから10ヶ月。ツアー直後ということもあってか、去年の9月に観た時よりも演奏の完成度がぐっと上がっている感じがしました。

特に「忘れる」の細やかなドラミング、その上で絡み合って転がり続けるギターとベースの気持ち良さは格別で、これがミツメのグルーヴか!と勝手に合点してました。今までに何回観てんだよ、という話ですが。

そしてきっと天井の高いボトムラインという会場も彼らの音に合っていたんだろう。「煙突」の深い残響音が宙に飛んでいく、清々しくもセンチメントな感覚よ…。

いつかアルバムまるごとのリミックス盤つくってくれないかなぁと夢想してました。

そして充実のパフォーマンスからくる自信か、鬼門のMCもこの日はハキハキと(川辺素君にしては)しゃべっていたよ。

次は5月、森・道・市場でお会いしましょう。

 

20:20 WONK @UPSET

さあ、とうとうトリです。

「僕たちの友達のトリプルファイヤーってバンドが出るので、もし良かったら…(モニョモニョ)」というミツメ川辺君の男気あふれるメッセージを泣く泣く振り切って、WONKを観に池下へ。すっかり足腰も重くなっております。

 

しかし忘れていた。ここのライブハウスがビルの5階にあることを。歌舞伎町時代のリキッドルームに比べれば…と泣きながら階段を登ってたどり着くと、会場はもう超満員。

 

 仕方なく最後方から観てましたが、なんですかあのボーカルの男前っぷりは。スカパラ谷中氏とタメを張る濃厚フェイス。見てるだけで妊娠しそうじゃねーか。

 

そして肝心の音楽は、もうまんまロバート・グラスパー。いや揶揄とかじゃなくて。名古屋のライブハウスでこんな音楽が聴けるとかヤバいじゃないですか。

オーディエンスもバカテクのドラムを中心にした各パートのソロが繰り出される度に、熱い歓声で応えている。

このライブハウスの光景、とても美しいと思いました。

 

残念ながら俺にはこのグルーヴを身体で堪能する体力はもう残っていなかったけど…。

また観てみたいバンドです。

 

 

 というわけで、今年も体力の限界まで堪能しましたイマイケゴーナウ。来年もよろしくお願いします。

 

 

 

シンクロニシティの肯定  サニーデイ・サービス(とラブリーサマーちゃん) 「桜 SUPER LOVE」について

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「君がいないことは 君がいることだな」

 

愛する人の不在、その受容と再出発を、たったワンフレーズで表現しきってしまった名曲が、桜の咲く季節に届いた。


長き不在の続く岡崎京子のイラストを大胆にあしらった、ピンク色のジャケットに包まれて。
この意表をつく、それでいてまっすぐな愛情あふれるアートワークに、聴く前から強く心を揺さぶられてしまう。

 

 

そして、二曲目に収められた、ラブリーサマーちゃんによるリミックス。

 

「酔っ払って、売っぱらって、忘れても、どこにも行けないようだ」

 

原曲のきらびやかな部分をそぎ落とし、ある男のモノローグのように歌われる春の日の喪失感。

 

しかしそこに、はかなげな女性の声がそっと重なり歌われるあのフレーズ。

 

「君がいないことは 君がいることだな」

 

その瞬間に広がる、新たなストーリー。

ここにいない「君」も、どこかの空の下で、桜を見て同じことを考えている。
僕も君も、一人ではない。どんな時も、何があろうとも。

そう呟く男の姿が目の前に浮かび上がって来るのです。

 

このシンクロニシティの力強い肯定。偶然を超えるスーパーラブ。

天才かよラブリーサマーちゃん。

 


そしてこのシングルが届いた3月は、6年前にとても多くの、とても悲しい別れがあった季節でもある。

その当事者ではない俺が軽々しいことを言うわけにいかないけれども、この曲の持つ強く優しい力が、一人でも多くの人に届くといいな、と思っています。

 

youtu.be

まともがわからない。  こだま著「夫のちんぽが入らない」について(ややネタバレあり)

 

 

夫のちんぽが入らない

夫のちんぽが入らない

 

 

 「夫のちんぽが入らない」を読みました。

 

この本の良さは、夫のちんぽが入らないというセンセーショナルなカミングアウトにあるのではなく、「まともな人が出てこない」という点にあるんじゃないか、というのが私の感想です。

 

極端に不器用な性格の主人公、いきなり人の部屋に上がり込んでくる夫、山をオカズにナニしちゃう人、説教しながら目隠しプレーする人、宗教にハマって集団生活してる人。
みんななにかしらのイビツさを抱えながら生きている。


そう言う俺だって、外形上は真面目な会社員あるいは良き父親ととして生きているものの、その内面には「夫のちんぽが入らない的事案」、つまり人には言えない問題の一つや二つくらい余裕で抱えている。
もしその側面だけを切り取ってみれば、この本に出てくる、「まともじゃない人たち」と同じ列に並ぶことになるのだろう。

だからこの社会の片隅で、自分と自分の癖に精いっぱい折り合っていく(©Tokyo No.1 Soulset)しかないのだ。はみ出さないように。誰にも弱みを見せないように…。

 

でもこの本を読むと少しだけ、その思い込みから抜け出すことができる。

まともじゃないけどなにか?と開き直りたくなる気持ちが湧いてくるのだ。

だって真面目に学校出て、教職という堅い職業に就いたこの主人公だって、これだけの「まともじゃない人たち」とすれ違っているんだもの。
むしろ「まともかどうか」というぼんやりした尺度の方が幻想なんじゃないのか。
夫のちんぽ的事案を心の中に飼っていない人なんていないんじゃないか。
イビツだっていいじゃない、人間だもの。

 


ちなみにこういう気持ちを必要以上にでっかくしてドヤ顔しちゃったのが、
「世界中の万引き犯よ、団結せよ」(Shoplifters of the world
unite )と歌った時のモリッシーなのかもしれないと思ったけど、万引きはダメゼッタイだし、モリッシーは最強すぎる。

 

www.youtube.com

「松倉と勝と光永と継吾」とTRIOLLIのライブを観た話

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今年二度目の金山ブラジルコーヒー。
「松倉と勝と光永と継吾」のライブを観に。
 
去年観たceroのライブで光永渉氏のドラムにいたく感動した私。その光永氏と共にAlfred beach sandalをサポートする岩見継吾氏もベースで参加するバンドがやって来る。
しかも対バンはcero・高城氏いわく「日本で最高のバンド」ことGUIRO・高倉一修の新ユニットTRIOLLI。
私のような者が足を運ばない理由はない。たとえそれが日曜の夜だったとしても…だ。
 
先攻はTRIOLLI。
高倉一修と、GUIROのサポートメンバーであり、カタリカタリなどのユニットで活動する河合愼五、doimoiの杉山明弘の三人による(今のところ)「前座専門」のグループ。
この日が実質的に2回目のライブとのこと。

そう言われちゃうとなんだかカジュアルでお気楽な感じの音楽を想像してしまうのだが、いやいやどうして。

高倉氏のサックスをフィーチャーしたジャジーな一曲目(隠し味にエレクトロ)からして、この三人ならではの表現に対するこだわりと音楽的な深みが感じられた。
しかしこのユニットのストロングポイントは何と言ってもこの大人の男性によるハーモニーの気持ち良さ。
コーラスが乗った瞬間に、初々しい緊張感すらもすべてを包み込んでいくようだった。

それにしても、最後に披露されたGUIROの最新曲「アバウ」。あれだけ音源を聴きこんだというのに、依然としてなんだなんだこの曲は!という感想しか出てこない。

来月のクアトロでのライブが楽しみ過ぎる。

 

そして続いては本日の主役「松倉と勝と光永と継吾」の登場。
とある信頼できる筋から、彼らのライブはホンモノだという情報は聞いていたものの、私がこのライブを来たのは「光永と継吾」の演奏が目当てであって、「松倉と勝」については完全にノーマーク。会場についてから「勝」がはちみつぱいのメンバー(渡辺勝)だったことを知って驚愕する体たらくだったし、ボーカルの松倉如子(ゆきこ)さんに至ってはこんなあどけない女の子がちゃんと歌えるのかしらと心配するほど、一切の予備知識を持っていなかった。

そう、おれはなにひとつ分かってなかったのだ。

一曲目の一小節目から、まるでもののけが憑依したように、全身で歌を表現する松倉如子の迫力に、いきなり圧倒されてしまう。

あえて固有名詞を出して例えるなら、エゴラッピン中納良恵の歌唱力と大竹しのぶの表現力が融合したかのようなパフォーマンス。

そしてそれを支える勝と光永と圭吾の鉄壁感。
ブルーズと民謡とポップスを自由に行き来する楽曲を、どこにもないアレンジで、完璧に表現していく(特に勝さんのピアニカは衝撃的だった)。

途中から、こんなすごいライブをこんなに小さな会場で堪能してしまっていいのだろうか。
このままこのメンバーで紅白歌合戦に出てもまったく違和感がないではないか。
そういうスケールのライブでした。

興味のある方は目撃して損はないと思います。

 

 

 

さよなら、ムッシュ

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ムッシュが逝ってしまった。


高校生の頃に「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を初めて聴いて以来、

 

「何かに凝ったり狂ったりすればするほど、君は一人の人間として幸せな道を歩いているだろう」

 

というムッシュのメッセージはいつも心のどこかに生き続けてきた。

 

結局のところ、何事にも中途半端で凡庸な大人になってしまった俺だけど、今でもなんとか音楽を聴き続けていたり、愛車にシトロエンやローバーに選んだことも、間違いなくこの曲の影響があると思っている。

 

「君は何かに凝ったり狂ったりしたことがあるかい」


これは時に自分を試し、時に背中を押してくれる呪文なのだ。

 


音楽ファンの間ではこの「ゴロワーズ」が、世間的には「我が良き友よ」が代表曲になると思うのだけど、この真逆の二曲が、実は同じアルバムに入っているというところに、お茶の間からライブハウスまで、あらゆる場所で広く愛されたムッシュのキャラクターを象徴している気がしてならない。


個人的にはその後のAOR路線のアルバムも大好きで、もっと多くの人に聴いてもらえると嬉しいのだけれども、一番好きな一枚を選べと言われたら「"ムッシュー" かまやつひろしの世界」になる。

 

その名の通り、演奏まで全て一人で手がけた作品で、父上であるテーブ釜萢、生後間もないご子息のTARO君、盟友・堺正章との共演があったりして、多重録音の質感と相まって、ムッシュの部屋に招かれたような親密さを感じる。

中でも、レース中の事故で急逝した福沢幸雄に捧げられた「ソーロング・サチオ」に、ムッシュの叙情的なダンディズムが凝縮されているようで、何度聴いてもシビれてしまう。
(この曲を小西康陽がリメイクした「ソー・ロング20世紀」も素晴らしい)


無駄を愛し、好奇心とユーモアを忘れなかった、憧れの大人。

 

たいしたもんだ。


「ソーロング・サチオ」、冒頭のセリフを、最大級の敬意を込めて捧げたい。

 

 

 

 

 

小沢健二「流動体について」について

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小沢健二のファーストアルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」は間違いなく俺の人生で最も再生回数が多い作品。

15歳の時にリリースされたこの作品に、俺の思春期は救われた、と断言してもいい。

 

だから、なのか、しかし、なのか。

「LIFE」以降のオザケンは、俺の心に二度とは消えないほどの深い傷はつけなかった(もちろん、その時はその時で楽しかったけれども)。

 そして、ゼロ年代以降の中田英寿的旅人感や、降って湧いたアンチ資本主義には、へぇ左様でございますかって感じで、額に汗して働く労働者には縁遠いものとして傍観するだけ。
たまに、あの「犬キャラ」も天才的な虚言だったのかな…と思い出したりすることもあったけど。


でこの度、オザワイズカミンバック。
わがまま王子のご帰還。
朝日新聞の全面広告と共に。

このビッグウェーブに乗るべきか否か、迷った上でレコード屋さんへ(なんとなく通販で買う作品ではない気がしたのだ)。

 

スルーしなかった理由はただ一つ。

果たして彼が今の時代に意味ある作品をつくることができるのか。

サニーデイ・サービスの「Dance to you」のように、ノスタルジーを抜きにして、ceroやスカートやネバヤンと同じ地平で「2017年に聴くべきポップソング」を鳴らすことができるのか。

それを確かめずして、なにがドリーミーおじさんだ、という謎の責任感が勝ったのだ。

 

で、聴いてみた。

一言で言うと、ダサい音である。
洗練度はゼロ。
鳴り続けるストリングスはもっと抑えられるべきだし、三三七拍子みたいなハンドクラップも子供っぽい。前作が「毎日の環境学」で、前々作が「eclectic」だった人とは思えない。


しかし、この秒あたりのハンパない情報量の多さ、有無を言わさず爆発する僕のアムールあるいはグルーヴの前では、そんなことは些末な話。
ポップミュージックのマナーでは解くことのできない力を感じるのです。
今の小沢健二にとっての音楽は、音楽好きのための音楽ではない、もっと大きなもののための表現なのだ、たぶん。

 

それが何であるのか。
小沢が声を裏返しながら歌う「もしも間違いに気がつくことはなかったなら 」というフレーズにそのヒントがあるような気がした。

最初に聴いた時は、過去の恋愛、あるいはなんらかの個人的な人生の選択に対するもの、と思っていた。
しかし、それにしては、この「間違い」という言葉は、強すぎやしないだろうか。

そこまできっぱりと過去を否定しつつ「君の部屋の下」を通り、「詩的に感情が揺さぶられる」ものだろうか。違う女性との子供を想像するものだろうか。

 

 

おそらく、ここで言う「間違い」とは、個人的なものではなく、もっと大きな、社会全体とか民主主義とか、そういうものを指している気がする(それが流動体?)。

そして幸いにも主人公が暮らす世界ではその間違いを回避することができた(ということは、2017年以降の世界が舞台なのだろう)。
かつての彼女は平穏に暮らし、彼は子供とカルピスを飲んでいる。

 

でも、間違いに気づくのは一人では意味がない。
流動体を正しい方向に導くには、一人では足りないからだ。みんなを振り向かせ、注目させ、鼓舞しなければならない。

だからこその三三七拍子(的ハンドクラップ)であり、朝日新聞であり、Mステだった。少しでもこのメッセージを、多くの人に伝える必要があった。

 

俺の思春期を救った王子様は、今度は世界を救おうとしている、のかもしれない。

(それはそれで危険な発想かもしれないが)

 

 

でもその前に、王子様へお願いしたいことがあるのです。

「Buddy」と「Back to back」、とっとと再発してくださいませんでしょうか?